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人間の時間

2020/04/03


 退役した軍艦が大勢の一般旅客を乗せてクルーズ旅行に出向します。軍艦なので客船のような豪華な船室はありませんが、そんな中で国会議員とその息子だけは、バストイレ付きの立派な部屋をあてがわれ、ワインを飲みながら豪華な食事をしています。他の旅客には粗末なプレート給食が支給され、人々の間に不満が募ります。
 恋人と一緒にツアーに参加した日本人のタカシは、このことを議員に直接抗議し、政治家ならみんなの手本になるべきだと言い募ります。しかし彼は議員に取り入って利権のおこぼれにあやかろうとするヤクザに撃退されてしまいます。男は実弾入りの拳銃を所持し多くの手下を従えた危険な存在です。
 船が大海原に出て、外界から隔離された状態になると、船上は無法地帯と化し、ギャンブルが横行し、売春婦たちが金儲けを始めます。若者たちは集団で女性旅客を襲うようになります。
 乱痴気騒ぎの夜が明け、朝になると、船は大空高く雲の上を航行していました。船のクルーたちが外部との連絡を試みますが、無線は通じません。船はほんとうに世界から隔離されてしまったのです。
 議員の息子はつきまとうヤクザを心証が悪くなると遠ざけようとしますが、父は使える男なら使うと、ヤクザを受け入れる姿勢です。ヤクザは自分ができる男であることをピーアールするためにタカシから恋人を奪い、議員の部屋に連れ込みます。彼女はヤクザと議員に犯され、議員の部屋で気を失いますが、その裸身に息子も自制ができなくなってしまいます。
 日が経つにつれ、やがて食料が尽きてしまうという不安が蔓延し、いっそう秩序が乱れてゆきます。議員はヤクザたちを味方につけ、圧政を強い、食料を独占します。乗客乗員たちにはわずかな食料を支給し、自分たちは相変わらず贅沢を続けていました。
 やがて暴動が起き、ヤクザたちがそれを制圧し、負傷者や死人が出るようになりました。そんな中で、ひとりの老人が我関せずと船上の至る所からわずかばかりの土を集めていました。3人の男に強姦された日本人女性は老人の不思議な行動が気になり、理由を尋ねますがなにも答えません。老人は1つの区画を独占し、そこでヒヨコを育て、残飯から集めた野菜の種を発芽させて育てていました。女性はやがて老人を手伝うようになりますが、あるとき妊娠していることに気づきます。

 キム・ギドク監督は、人間の闇の部分を描くことを得意としていますが、今回は大空を漂い外界から隔絶された船という不思議な場所でそれを再現しています。大きな主砲や機関砲を備えた戦艦が空に浮かぶさまは、さながら宇宙戦艦ヤマトですが、ここはそんな冒険やロマンにあふれた場所ではありません。体液軍艦は数日間のクルーズ旅行であれば、人々の好奇心を満たすレジャー設備になるのでしょうが。外界から隔離され、食料も長くはもたない、それがいつまで続くかも判らないといった状況では、悪夢のような牢獄でしかありません。
 船が空を漂うという非日常はすぐに人々の関心事ではなくなり、人々はやがて食料が尽きるという不安から暴走を始め、戦場は無法地帯と化します。権力者はヤクザを抱き込み、武力で圧政を敷き、食料を独占し自分だけ贅沢を続けます。
 これが人間社会の縮図だとギドク監督は言いたいのでしょうか。人間は生存の危機に瀕してなお協力し合うことなく争い続けるものだと。
 そうした人々の愚行をしり目に、老人は黙々と自分の世界を築いています。鋼鉄の船の隅々をあさってなけなしの土を集め、種を植えて育てています。2頭のヒヨコと小さな苗たち、そんなもので自給自足をしようというのでしょうか。トイレから糞尿を集め、死んだ人を砕き、それを植物の肥やしにします。残飯をあさって種を見つけては、それを育ててゆきます。
 船の設備の中の小さな区画で行なわれている老人の労に気づく者はありません。どんどん死者が増え、老人は死体にも種を植え1杯の土を与えます。
 やがて議員とその息子、ヤクザに犯された日本人女性が老人の行動に気づき、彼を手伝うようになりますが、老人はそれを拒むこともなく言葉をかけることもありません。老人が唯一自己主張したのは、娘が妊娠に気づき呪われた子供を堕胎しようとしたときだけです。老人はそれを制し、縛り上げてでも彼女を止めようとします。

 船上は地獄絵と化しますが、地獄を作っているのはじつは人間でした。生存の危機に瀕しても自分のことしか考えず争い続け、助け合うことができない、それが人間の本性なのだとしたら、現実社会の腐敗も止めることは難しそうですね。ひとにぎりの富める者だけが富を独占し、世界中で飢餓に苦しむ人々がいることを知りながら、さらなる富を求める、この幼稚で残忍な衝動を人は抑えることができないのだとしたら、人類の未来に希望はありません。
 この退廃的な映像の中で、ギドク監督は希望はあると語っています。その希望とは、不思議な老人の存在であり、こうした作品が世に出たという事実ですね。
 老人は、船が空へ舞い上がる前から土を集め始めていましたから、彼はこうなることを知っていたのでしょうか。そして彼の一見むなしいだけの努力が報われることはあるのでしょうか。
 こうした観念的な作品は、概してなにも解決を見ないまま判然としない終わり方をするものですが、この作品は顛末を描いています。これからどうなるんだろう、でおしまいにしてはいません。素晴らしいです。天才です。

 観る者の想像力を駆り立て、多種多様の意見を生じせしめるこの傑作を大勢の人々に観てもらいたいです。

英題:Human, Space, Time and Human。
2018年、122分、2020年日本公開、R18+。
監督、脚本:キム・ギドク。
出演:チャン・グンソク、藤井美菜、オダギリジョー、アン・ソンギ、イ・ソンジェ、リュ・スンボム、ソン・ギユンほか。

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