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未来世紀ブラジル【映画】

2020/02/07


 仮想20世紀、市民は国家によって厳重に管理されていました。ある時、情報省の職員が爆弾テロの容疑者アーチボルト・タトルをバトルと打ち間違えて書類を作成し、まったく罪のない市民アートボルト・バトルが逮捕されます。警察の強行突入の際に、バトル氏の上階に住むジルは床に穴を開けられてしまいます。ジルは誤認逮捕を国に上告しますが相手にされません。
 情報局で働くサム・ラウリーが帰宅するとエアコンが壊れていました。電話で修理を依頼すると人手不足ですぐには直せないとのこと、翌朝銃を持った男がサムの自宅に押し入り、エアコンを修理します。男は非合法の修理工でタトルと名乗りました。
 サムは、バトル氏の逮捕と尋問の経費を国が誤って過剰に請求してしまうというミスを処理するために、小切手を持ってバトル夫人を訪れます。すると天井の穴からジルの顔を見えます。彼女は、サムが夜ごと見る夢に出てくる囚われの美女にそっくりでした。
 サムは、空を飛べる甲冑を着け剣を携えて、美女を救おうとする夢を繰り返し見ていましたが、その彼女が現実の女性となって目の前に現れたのです。彼は役目を放り出してジルを追いかけますが、彼女は彼を相手にせず、仕事で使っているトラックで姿をくらませてしまいます。
 サムは、職場のコンピューターで彼女を検索しようとしますが上手くゆきません。上層部の情報剥奪局へゆくと人探しが容易になると聞き、サムは断っていた昇進を受け入れ、情報剥奪局へ転職します。

 国家によって厳重に情報統制がされた、仮想超管理社会のお話しです。話題には未来世紀とありますが、近未来というよりむしろひじょうにレトロな、大むかしのハリウッド映画を観るような雰囲気が漂います。この映画が公開された頃、世の中にはパソコンが普及し始めようとしていました。しかしながら作中に登場するコンピューターは、どう見てもタイプライターといったキーボードと小さなモノクロディスプレーの前に拡大レンズを重ねるといった代物。映画公開当時としてもこれらの機器はあまりにもレトロです。ようやく白黒テレビが放送を開始した1960年代初頭に、新時代を予測して作った、そんなSF作品のように見えます。
 まだテレビの普及率も充分でないような時代に未来予測を行なった、そんな映画をコンピューターが普及しつつある時代に作るってどなんでしょう。テリー・ギリアムの感性はなんとも不思議です。
 原題はブラジル。BGMにサンバの名曲「ブラジル」が流れています。それ以外にこの映画にブラジルの要素はありません。ラテン系の雰囲気すらありません。

 サム・ラウリーの母アイダ・ラウリーは資産家のようで、サムの職場の上司にコネがあり、彼を勝手に昇進させてしまいます。それがサムには気に入りませんが、夢で啓示を受けた女性ジルを探すために、昇進を受け入れて情報剥奪局に転勤します。アイダ・ラウリー夫人はアンチエイジングに余念がなく、整形外科医に顔の皮膚をギューギュー引っ張られています。
 映画の中では上流社会の人間はしばしば奇抜で奇妙な愚者として描かれますが、この作品でも同じです。

 サムは与えられた仕事を淡々とこなし、上司の失敗をさっさと処理する、まじめで敏腕の職員です。彼は現状に満足しており、昇進など望んでいません。しかし夜ごと見る夢は、空飛ぶナイトとなって怪物に捕らえられた美女を救おうとする夢、救おうとしますが思うように行きません。
 独り暮らしの狭苦しい家は、オートメーション化された家電が朝食のトーストを焼き、コーヒーを淹れてくれますが装置はしばしば誤動作をします。目覚まし時計も狂います。あまつさえエアコンが故障して室内は蒸し風呂と化しますが、修理工はなかなか来てくれません。彼らよりも先に非合法の修理工にしてテロリストのタトルが現れ、修理してくれます。タトルは修理の間見張りをしてくれたサムに礼を言い、お金を取らずに疾風のように去ってゆきます。

 高度にシステム化された社会では、人々は機械の部品となり、自由がありません。サムは下層市民に比べれば豊かに暮らしており、現状に満足していますが、じつはそう自分を納得させようとしていただけなのでしょう。翼のある甲冑を着て天空を飛び回る夢が、彼の自由への渇望を物語っているようです。
 そして夢の中の美女がジルという現実の女性となって目の前に現れたのです。彼はすべてを投げ出して彼女を追いかけます。
 サムの夢と現実を越えた旅が始まります。奇妙で幻想的で、おかしくて、もどかしくて、観ているとそれこそ夢と現実が解らなくなります。サンバ「ブラジル」が耳につきます。でもその先に夢があります。ひじょうに中毒性があります。

 こうしたシュールな映像というのは、現実をねじ曲げてしまい、私たちが身を置いている現実というものがいったい何なのかを考えさせられます。それはたぶん、現実社会の利害関係によってゆがめられた価値観の中に私たちがいるからなのでしょう。人は心の奥底で、そこからの脱出を常に求めているのかもしれません。
 虚構の中のありえない世界は、ある意味現実よりも心理に近いところにあります。

原題:Brazil。
1985年イギリス、131分、翌年日本公開。
監督、脚本:テリー・ギリアム。
脚本:チャールズ・マッケオン、トム・ストッパード。
出演:ジョナサン・プライス、ロバート・デ・ニーロ、キム・グライスト、マイケル・ペイリン、キャサリン・ヘルモンド、ボブ・ホスキンス、デリック・オコナー、イアン・ホルム、イアン・リチャードソン、ピーター・ヴォーン、ジム・ブロードベント、ブライアン・ミラー、キャスリン・ポグソン、バーバラ・ヒックス、チャールズ・マッケオン、ブライアン・プリングル、シーラ・リード、プルーデンス・オリバー、サイモン・ナッシュ、ジョン・フラナガン、マートル・デヴェニッシュ、ホリー・ギリアム、ゴーデン・ケイ、ジョン・ピアース・ジョーンズほか。

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