kepopput.jpg

楽園【映画】

2019/11/04


 若者が減りさびれてゆく山間の村で、少女の失踪事件が起きます。いなくなった少女愛華と最後まで一緒だった紡(つむぎ)は、愛華と一緒に下校し、Y字路で別れるまで一緒でした。けっきょく愛華の行方は判らず、12年の歳月が流れます。紡はあの時家に遊びに来いという愛華の誘いを断ったこと、愛華の祖父で村長の藤木に、なんでお前だけが助かったと責められたことが、今でも脳裏に焼きつき、口数も少なく暗い性格のままでした。
 あるとき紡は、夜道で後方から迫る車に動揺して転倒し、祭りのために練習していた笛を壊してしまいます。車を運転していた青年中村豪士が彼女を助け笛を弁償します。豪士は移民で、リサイクル業者の手伝いをしながら母と細々と暮らしていました。幼馴染の野上広呂に言い寄られてもまったく相手にしなかった紡が、豪士には心を開き、祭りに誘います。
 しかし祭りの夜、豪士は来ませんでした。その頃、村では12年前と同じような少女失踪事件が起きており、豪士は疑われ、村の人たちから追われていました。
 その顛末を見ていた田中善次郎は、養蜂業を営むかたがら村の設備や民家の修理や補修、片付けといった世話をやき、人々から慕われていました。彼は妻を病気で亡くしてからは独り暮らしで、いつも愛犬レオと一緒でした。彼は養蜂による村おこしを議会に提案し、色よい返事をもらったものの、計画は彼の独り歩きで、長老たちは彼を村八分にします。
 未亡人で同じような境遇の善次郎に好意を持っていた黒塚久子も彼に近づくことを禁じられますが、彼女はそれを無視して善次郎に会いにゆきます。善次郎は次第に正気を失い、家の周りに木の苗を植え始めます。

 全編を通じて底知れぬ悲哀に包まれています。人々はみんな寡黙で表情が少なく、深い失意が感じられます。移民で母と2人で村に移り住んだ青年中村豪士は、愛華の失踪事件の時も犯人ではないかと疑われ、12年後の同様の事件では、村人たちは怒りを爆発させ、彼を追い詰めます。彼は自分が住む場所がどこにもないと絶望しています。
 小学生の時に親友の愛華を失った紡は、ずっと自責の念い捕らわれたままで、幼馴染で祭りの練習でも一緒の広呂にも心を開こうとしません。紡は将来をあきらめているようにしか見えません。村から東京までは遠くはないようで、紡は東京の卸売り市場で働き始めますが、広呂は彼女を追いかけてゆきます。それを迷惑がる紡に広呂は、東京に出るにしても顔見知りがいる方が楽しいだろうなんて軽いノリで言います。しかしその彼も何かから逃れたくて逃れられずもがいているようです。
 田中善次郎は50過ぎですが、長老たちからすれば若者で働き盛りです。彼は村の公共施設や個人宅の手入れや修繕に尽力し、万事屋のような仕事もこなしていました。村の集まりで養蜂による村おこしの提案をしたところ、好評を博しました。しかし石頭の長老たちは善次郎が手柄をあげることを面白く思わない者も少なくなかったのでしょう。自治体から善次郎の企画に対して予算が降りると、彼が予算を独占しようとしたみたいなことになってしまい、長老たちは彼を村八分にします。
 村のために精一杯尽くしてきた者に対してこの仕打ちです。これまで村を守ってきたのは自分たちだと自負する古だぬきどもの考えることは身勝手で残酷です。
 誰からも相手にされなくなり、万事屋の仕事もなくした彼は、次第に心を病んでゆき、両親や妻の遺骨を家の周りに撒いて、山から採ってきた気の苗をたくさん植え始めます。神々と自然しかなかった頃にこの土地を帰す、彼はそうつぶやいています。しかしそれを長老たちは不気味がり、自治体に訴えて破壊させます。人の寄り付かなくなった善次郎宅を訪れた人間をレオが警戒して噛んでしまったために、レオは檻の中に監禁されることになります。
 村長の藤木五郎は、幼い紡に対して、なぜお前だけが助かったと暴言を吐きますが、それを彼はいつまで経っても悔いることはなく、紡が大人になってからも思いは変わらないようです。

 村が過疎化すると、若者たちが村を捨ててゆく、不便な土地を捨てて晴れやかな都会に憧れてゆくと、若者を批判するようなことが言われがちですが、村から人々を遠ざけているのは、呪いのようにつきまとう老害たちの悪意であるような気がしました。
 古い伝統文化を守るために祭りの練習に励む紡は、村長にののしられ、移民の豪士は少女誘拐犯と決めつけられ、善次郎が村に新風を吹き込もうとすると、それが気に入らないと彼を村八分にします。そして村で実権を握っているのは長老たちです。彼らににらまれたら善次郎と同じ目に遇います。
 こんなありさまで、将来のある若者たちがどうやって村で生きてゆけば良いのでしょう。人々が村を去ろうとするのではなく、村が人を遠ざけるのです。

 吉田修一の原作小説「犯罪小説集」という短編集を映画化するに際し「楽園」というタイトルが与えられたことに、センスを感じます。この映画で楽園と表現できるもの、それは唯一小学生の紡と愛華が遊ぶ田園風景です。しかしそれは愛華が失踪したY字路へと続いてゆきます。
 幼い愛華を飲み込んでしまったのは、犯人が誰であるにせよ、村の呪いです。そんな気がしました。それに憑かれた人々は、理不尽なこと残酷なことに抗おうともせず、失意の底に沈んでいます。

 それでもここでまた新たに人が生まれ、子供たちは村の祭りの練習に励みます。そのこともちゃんと観て欲しいと思います。
 そして紡や豪士や善次郎が何をするのかを目に焼き付けて、感じたこと思いついたことを覚えておいてください。映画に登場する村の問題は虚構と片付けられるものではありません。私たちの生きる現実と地続きの事柄ですし、同様の問題に実際に直面されている方もいらっしゃるでしょう。社会の古い因襲や悪意に捕らわれたままでいるのか、抗うのか、新たな価値観を付加するのか、よく考えて判断してください。
 この映画に、人が生きることの根源のようなものを見た気がしました。

2019年、129分。
原作:吉田修一。
監督、脚本:瀬々敬久。
出演:綾野剛、杉咲花、佐藤浩市、村上虹郎、片岡礼子、黒沢あすか、石橋静河、根岸季衣、柄本明ほか。

コメント
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック

目 次
能書き

思うこと全般

けぽっぷ体験

アイドルのこと

韓流映画

番外編


索引 韓流映画&番外編





     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< November 2019 >>

サイト内検索

NEW ENTRIES










recent comment

links

プロフィール

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM