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惡の華【映画】

2019/10/10


 春日高男は、山に囲まれた古びた町に住む平凡な中学生でした。ボードレールの詩集「悪の華」と出会いそれを愛読書にするようになってから彼は、自分は他人とはちがうと感じるようになりました。それと同時に、この町から出て行けない自分の小ささに当惑していました。ある時、彼は憧れのクラスメイト佐伯奈々子の体操服を盗んでしまいます。しかし思い直してそれを返そうとするのですが、同じクラスの仲村佐和にそれを阻まれます。
 佐和は彼を変態のクソ虫と呼び、彼を脅し奴隷にします。弱みを握られている高男は彼女に逆らうことができず、言われるままに奈々子の体操服を制服の下に着けたまま登校し、奈々子に声をかけます。
 高男は奈々子と付き合うことになり、佐和はおもしろいからと言ってそれを応援するのですが、デートの時も高男は佐和に言われるままに私服の下に奈々子の体操服を着こんでいました。

 自分は周囲とはちがうと感じている高男、しかし佐和の奴隷として貶められてゆくうちに、彼は本当の自分を知ることになります。また、佐和の導きで奈々子と付き合うことになってお嬢様然とした仮面の下の彼女を見ることになります。高男は次第に佐和に引き付けられ、彼女と一緒にこの町を取り囲む山を越えたいという衝動に駆られます。
 そして事件が起きます。

 新しい土地で高校生として再出発した高男は、なぜか空っぽでした。冒頭で語られる1度死んだ自分、それが今の彼でした。そして文学少女の常磐文と出会います。高男は密かに小説家を目指している彼女の背中を押します。2人は付き合い始めますが、奈々子と再会し佐和の存在とその居場所を知らされます。

 古典文学における少年像を現代に置き換えたような作品、そんなふうに感じました。それは高男が心のよりどころにしていたボードレールの「悪の華」のせいかもしれませんが、自ら周りと孤立し、目前に立ちはだかる壁に当惑している高男が、自暴自棄になったり暴力的になったりしないところが古典的だと思えました。現代劇なら、高男の情動は破壊や暴力につながっていたことでしょう。
 高男のやるせない思いは、発露することなく抑圧されたままなのです。
 そんな彼に翼を与えたのが、奈々子の体操服を手にしてしまうという事件でした。それでも彼は募る衝動を抑え、それを返そうとしますが、佐和という少女がそれを阻みます。彼に普通であることを許さない、それが彼女の熱意でした。佐和は高男を脅して従わせ、踏みつけます。秘密を抱えたまま奈々子と付き合いをさせ、おもしろがります。
 佐和への隷属から解放されたい、そう願う高男に対して、佐和は絶望的な試練を与えます。そうして高男はこの異常な関係の中に本当の自分を見つけることになります。

 自分を虐げ踏みつけにする佐和を、高男はいつしかかけがえのない存在として慕うようになります。佐和は高男が求めても手が届かないものを持っていました。そして佐和の狂おしい衝動から彼女を救えるのは自分だけでした。彼女を山の向こうへ連れてゆけるのは彼だけでした。

 高校生になった高男は、自分は1度死んだ人間だと自覚し、虚無の中に沈んでいます。彼をそうせしめたのは佐和と経験した夏祭りでの事件です。その時、彼の人生はなぜ終わったのか、佐和が選んだ行動が何だったのか、観る人によって感じ方、受け止め方は様々だと思います。

 本作の原作は漫画なのだそうです。でも筆者が映像で観たそれは確かに文学でした。
 もうずいぶんむかしの話しなのですが、労働文学の大先輩が筆者の短編を読んで、なぜこのような作品を思いつくのかと尋ねたことがあります。筆者はその映像が目に浮かぶのだと答えると、先輩は大いに驚愕し、世代の差を感じると言っておられました。筆者のようなテレビっ子以前の人たちは、ものを書くときにその映像が目に浮かばないのでしょうか。なんだかとても不思議な感じがしました。
 この作品の原作が小説ではなく漫画だと知った時、今度は筆者が次世代に対するジェネレーションギャップのようなものを感じました。こうした作品を文章でなく劇画として著すことが筆者には思いつかなかったからです。

 人はみんなこうした思春期の思い出を持っていると思います。それはともすれば自虐的でエロチックな想像に満ちています。それをもう忘れてしまったという人は、無事におとなになれたということなのでしょうね。その無事がその人にとって良かったかどうかは存じませんが。でも世間にはそれを鮮明に覚えている人、老いてもその渦中にいる人もいます。そんな人は、小説でも書くしかありませんね。

2019年、127分。
原作:押見修造。
監督:井口昇。
脚本:岡田麿里。
出演:伊藤健太郎、玉城ティナ、秋田汐梨、飯豊まりえ、北川美穂、佐久本宝、田中偉登、松本若菜、黒沢あすか、高橋和也、佐々木すみ江、坂井真紀、鶴見辰吾ほか。

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