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ボーイミーツガール

 1960年代に幼少期を送った筆者は、テレビっ子第一世代として育ちました。当時の大人たちは子供の遊びをするようなことは皆無でしたから、テレビ漫画を無心に見ている子供の気持ちなんて理解しなかったと思います。つまり大人なのにテレビ漫画を趣味にする人なんて見かけませんでしたし、大人向けのテレビ漫画もありませんでした。ただ、子ども向け作品を作っているのは、当時も大人だったのですけどね、今から思うと。もしかすると世情がカミングアウトを許さないだけで、当時も隠れオタクな大人は存在したのかもしれませんね。
 テレビという魔法の箱は、日がな1日漫画を放映しているわけではないし、衛星テレビアニメチャンネルなんてものもなければ、番組を録画しておいて好きな時間に見るなんてこともできませんでしたから、遊びの時間の多くをテレビに充てているわけではありませんでした。当時は、子供は風の子とか言われ、とにかく外で遊べと大人たちから指導されておりましたので、筆者も漫画よりも野山で虫や小動物を追い回すことの方が多かったです。そして雨の日や虫のいない寒冷な季節は、本を読んだり作ったりしてました。中学生に上がるとさっそく小説を書き始めました。
 中学高校と、たくさん本を読み、いっぱい小説を書きましたし、学校の級友と手製の同人誌も作りました。その一方で、アニメも大好きで、難しい言葉や表現の多くをアニメやコミックから学びました。
 筆者が、アニメに登場する女の子に対して特別な思いを抱くようになったのは、成人してからだったと思います。それまでは自分の変態な部分を認めたくなかったのか、良識ある大人を目指したかったのか、2次元美少女をそれほど意識していませんでした。成人してからの自分のアニメに対する思いの強さに驚くと共に、自分の中の2次元美少女への思いに気づいたような次第でした。とはいえ少年期を振り返って見ますと、女の子向けのテレビ漫画もよく見ましたし、少女漫画のコミックも時々講読し、変態の素質はあったんだなぁと苦笑する次第なのですが。
 2次元美少女に目覚めた頃の筆者は、その3次元化を渇望していました。当時はフィギュアがまだ存在しておらず、女の子の持ち物である着換え人形がそれに近いアイテムでした。怪獣や特撮ヒーローのソフトビニール人形は古くからあったのに、少女の造形は発達していませんでした。
 2次元美少女3次元化の夢は、筆者ひとりのものではありませんで、多くのオタクたちが追い求めたようで、やがてそれはガレージキットと呼ばれる模型として世に現れました。着換え人形サイズやそれより一回り大きな4分の1スケールのガレージキットは、組み立てるのは容易ですが、塗装には高度な技術を要し、技術のない者が製作するとじつに悲惨なブス少女に仕上がりました。専門家に製作を依頼するとキットの10倍ていどの技術料をとられ、完成品は10万円を越えるといった惨状でした。
 それでもガレージキットはヒットし、さまざまな美少女が3次元化されました。その後の模型技術の進化は目覚ましく、今ではガレージキットの半値の数千円で、塗装済み完成品の模型が、フィギュアの名で大量に出回るようになったわけです。素晴らしい、素晴らしすぎます。  また、フィギュアの進化と平行して、キャラクタードールといわれる、植毛タイプの着換え人形が出回るようになりました。着換え人形も今では幼い女の子の遊び相手にとどまらず、アニメのキャラクターを再現したオタクアイテムとして大躍進を遂げたわけです。
 フィギュアやドールが市場に充実してくる頃には、筆者は社会人として定収入もあったので、せっせとそれらをコレクションし、今では筆者の自室は多数のフィギュアやドールで大変なことになっています。全長約60センチの大型ドールともなると、衣装にはちゃんと裏地も付いていて、人用の衣装と変わりません。アニメ文化の発展ぶりはすさまじいですね。100体を越える美少女フィギュアやドールが並ぶ自室で、夜に独りで観るホラー映画は格別です。  時分ごとばかりを語って申し訳ないのですが、こうしたフィギュアやドールに対する嗜好は、女子には理解されない“男だけの世界”であると我々は信じていました。男子たるものが人形を愛でるなと、キショいにもほどがあると。
 ところが同人誌活動を通じて、さにあらんことを筆者は知りました。社会人になって、結婚したのちに筆者が手がけた同人誌活動は、オタクの間で隆盛を誇る二次創作漫画ではなく、仲間がオリジナル創作を持ち寄る文芸系のものでした。つまりオタクとは直接関係ないジャンルではあったのですが、次第に増えて行った仲間の、とくに女子の多くが漫画やアニメが大好きで、同人誌の中でも有名なアニメを特集したりもしました。
 筆者は、同人誌活動を通じて、美少女アニメとフィギュアやドールが、女子にも受け入れられるものであることを知ったわけですが、同人誌活動をやらないオタク男子たちが、女子でもアリなんだということを発見するキッカケを作ったのは、メイドさんでした。  メイドさん降臨以前から、漫画を描いたりコスプレをやる女子がいることを、男子たちも知っていましたが、オタク男子の嗜好を理解する女子が、ワラワラいることを多くの人たちに知らしめたのは、メイドさんでした。
 筆者のこの考え方に賛同できない方もいるでしょうが、メイドさん以降、日本橋の電気街がどうなったのか、それまで雑居ビルの奥にひっそりと営業していたコアなオタクグッズ店がどうなったのかを見れば、否定はできないと思います。
 多くのオタク男子たちが、メイドさんを通じて嗜好を共にする女子と出会ったのと同時に、事情はオタク女子にしても同じだったと言います。女だてらにフィギュアを集めたり、BL漫画を嗜んだりする女子なんて、男子は引いちまうだろうと思っていたのが、まったくの勘違いだったことが判り、これまで女性客の少なかったフィギュアや模型を扱うショップに女子の数が増え、ショップ自体が豪華で晴れやかなビルに変じ、可愛い人形が居並ぶショーケースは、オタク男女のデートスポットにまで発展したのでした。
 というわけで、長々と語った本項の結論は、メイドさん以降、オタク男女はそれぞれの住み処に隠れることなく共学するようになったということなのです。メイドさんの業績は偉大です。  今では、かつて横綱ガールとさげすまれたオタク女子は鳴りを潜め、みんなオシャレになりました。オタク男子にしても、危ない感じの不気味君は少なくなりました。よかった、よかった。

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