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メイド産業と不況

  メイドさんのお店が、日本橋を支える産業のひとつとして根づくまでには様々な危機がありました。過当競争と第一次ブームの終焉、電気街との軋轢。
 2007年頃、日本橋のメイド産業はブームの終焉を迎えたかに見えた時期があります。メイドとはどんなものだろうと、興味本意で来店した人たちの多くが、思っていたよりつまらないとか、意外と普通じゃないか、あるいはやっぱ自分には合わないとか判断し、来店しなくなり、その後も新客を増やすことが難しい、そんな状況が続き、営業時間を短縮したり、休日を増やしたり、メイドさんの数を減らしたりするお店が増えてゆきました。閉店に追い込まれるところもありました。
 全盛期には、日本橋以外の京阪神地区にもたくさんのメイドさんのお店がオープンしたものですが、ブームを越えて生きながらえたお店は残念ながら多くありません。
 ブームの終焉の原因のひとつは、ブームに乗じて安直な発想でオープンする店が増え、そういう質の低下がメイド産業全般の足を引っ張ったことでしょう。メイドさんのお店に初めて来店した人が粗悪店に当たってしまったりしたら、メイド産業そのものに失望してしまいます。
 一方、電気街との軋轢に関しては、お店の当事者でないとなかなか実情が見えて来ませんが、電気街の大手家電店はそうとうメイドさんを煙たがっていたようです。若者の興味が電器製品よりもメイドさんに向き、メイド店へ行くお金欲しさに電器製品を万引きしてそれを中古店に転売する、そういう事態が電気街を逼迫させることになったと聞いたことがあります。しかしこれは、関東でそういう事例がいくつかあったという情報が流れて来たことによる、電気街側の杞憂ではなかったかと思います。電気街の一頃の衰退の大きな原因は、梅田や周辺都市に便利で品揃え豊富な量販店が増えたからでしょう。
 メイド産業の隆盛によって、日本橋に多くの客足が戻って来、電器店はオタク文化を取り入れたホビー部門や映像ソフト部門の強化によって業績を伸ばしています。メイドさんのおかげで電気街も救われたんじゃないかと言いたいですね。そして今では電気街もメイドさんを遠ざけようとはしなくなったらしいです。

 こうしたメイド産業の浮沈劇は、秋葉原の方がはるかに顕著で、ブームの終焉も関東の方が早かったようです。日本橋では変化はもっとゆるやかで、メイド産業の浮き沈みについて実感している人はそれほど多くないかもしれません。少なくとも客の立場からは、お店の苦戦なんて、よほど裏事情にくわしい人でもない限り何も伝わっては来ませんし、それよりも客の関心事は、営業時間の変更やメイドさんの人事往来だったでしょう。敏感な人は、それらの変化からお店の経営の動静をあれこれ感じとっていたかもですが。

 日本橋のメイド文化が本当に開花したのは、じつは秋葉原を中心としたメイドブームが去ってからでして、2008年以降の日本橋のメイド店は大きくクォリティが上がりました。熟成したお店はよりレベルアップし、新たにオープンしたお店も設備もサービスも行き届いた優れたところが多かったです。
 2008年以降の日本橋では、全体的にお店がレベルアップし、客層も広がりました。最初に火が点いた頃よりも今の方が隆盛を極めています。これが単純な流行に留まらず、不動の文化として根づいてほしいものですね。

 ところが、世は数百年に1度といわれるほどの大不況です。不況に強いオタク産業と言えども、安心していられる状況ではありません。
 収入が減って生活が苦しくなると、人は当然ながら趣味にかかる経費を削らざるを得ないわけで、お金がなければ真っ先にメイドさんを削ります。それでもカフェなら単価も低いし、とりあえず食べなきゃならないので回数を減らしてでも何とか通えます。しかし10分単価約1000円のリフレはきつい。
 好景気でみなさんリッチな時は、客単価が大きなリフレ店は有利ですが、不況になるとダメージが大きくなります。カフェならメイドさん1人で複数の客にサービスを提供できますが、リフレ店では、客1人にメイドさん1人を付けなければなりません。客1人が占有するスペースも大きく、大型店でも10個の施術ブースを持つところはまずありません。
 それでもリフレのお店はずいぶん増えました。世間一般にリフレクソロジー店は増加傾向にあるようで、現代人はどれだけお疲れやねん、と思ってしまいます。施術するのに特別なライセンスを取得する必要がないマッサージのお店は、比較的手軽に出店しやすいですからね。
 しかしながら、お店が増え過ぎて過当競争になるのが心配です。今のところ価格破壊合戦のような現象には至っていませんが、需要と供給が極めて危うい状況にある不況下では、顧客の奪い合いは共倒れを招きます。客はそういう経営の裏側を敏感に肌で感じるものです。過当競争により経済的側面が前に出て来ると、客は夢から覚めちまいます、飽きてしまうのです。
 この不況を乗り越えて隆盛を維持してゆくためには、競争よりも団結が必要でしょうね。オーナーは自分の店への客の誘致だけじゃなく、日本橋全体の客を増やす方法を考えてゆかねばならないと思います。
 そのためには文化を育てることが重要です。人々が、やりたいことをするために、知りたい情報を得るために、なりたいものになるために日本橋へ来る必要がある、そんな状況を育ててゆかねばなりません。そのためにはメイド店が団結して1つの大きな市場を育ててゆかねばならないのですよ。
 ひじょうに抽象的な言い方なので、読者は何をどうしろと言うねんとお思いかもしれませんが、日本橋へ来る人たちが何を求めているのか、日本橋というところがどういう文化を持っているのか、どういう人が集まる街なのかをじっくり見つめてみれば、何か見えて来ませんか?

 日本橋が秋葉原を目標にしたところで参考になるものは多くありません。立地条件がまったく異なります。向こうはメイド産業がそのまま観光地化していますからね。基礎からちがうと言ってもよいでしょう。
 また、東京は関西ほど商売上手じゃありませんが、文化を育てるということではひじょうに優れています。経済優先型の関西との違いがここにもあります。優秀な人材がたくさんいるのに、それを育てることができない関西との違いは歴然としています。東京に学ぶべきはこの点です。
 日本橋は、もっとメイド店同士が結束する必要があります。日本橋メイド組合あるいはメイド振興会といった機関を立ち上げ、互いに情報を交換して、メイド文化の根幹となるスタイルや相場を作ってゆく。勉強会等を実施し、日本橋独自の文化作りについて研究する。できればオーナー、現場のメイドスタッフ、メイド店をよく知る客、それぞれの立場が渾然一体となったディスカッションができると良いですね。そういう人と人との結束による"街造り"を目指してゆきましょう。そうすれば日本橋は他にないモノスゴイ文化都市に成長することでしょう。それだけのポテンシャルをこの街は持っているのですから。
 では、日本橋の文化を育てるのが、なんでメイドさんなのでしょう。それは、メイドさんが、アニメやこれに付随する文化……映像と音楽、コスプレ、萌え、同人活動ほか……を包括し具現化したひとつの形だからです。メイドさんという象徴が、人と情報を日本橋に集結させる力を持っており、芸能界や報道機関の注目を集める能力を持っているからです。
 これからの文化は、オタク文化ですでに始まっているように、素人というでっかい土壌から才能が開花しプロの業界を引っ張ってゆくという状況にどんどん傾倒してゆきます。そうした才能の発掘と育成の現場の最も近いところにメイドさんはいるのです。そして観光地化している秋葉のメイド産業よりも日本橋に期待できる点がそこなのです。
 日本橋のメイド産業はいま、不況の波に飲み込まれて衰退して行くのか、文化育成の象徴としてさらなる発展を遂げるのかの、大きな岐路に立たされています。ここで正しい判断を選択することを期待したいものです。


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