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下妻物語 ヤンキーちゃんとロリータちゃん【小説】

2017/07/18


 筆者の大好物にして何度も繰り返し観た映画「下妻物語」の原作小説です。ストーリーはほぼ映画通り、すなわち映画は原作をほぼ忠実に再現しています。ひじょうに癖のある作品で、改行が少なくページがぎっしりと文字で埋まっており、高校時代に目を回しながら読んだヨーロッパの文豪による古典を思い出しました。ページ数も多いですし。今時の作家じゃないな、そんな印象を受けました。
 しかしながら、文体はとてもポップで、主人公のロリータ娘竜ヶ崎桃子が口語で語っていますから、ハイティーンの女の子が書いたお話しを読むようです。著者の嶽本野ばらは男性作家で、34歳でこの作品を発表していますが、作詞家の秋元康が59歳で現在もAKBや乃木坂の楽曲を作詞していることを思えば、驚くに値しないかもです。
 大阪の尼崎で、ヤクザくずれのダメおやじとキャバ嬢の間に生まれた竜ヶ崎桃子は、自称心根が腐ったロリータ娘で、中世フランスのロココ時代のファッションと生活様式をこよなく愛し、常にフリフリのロリータファッションに身を包み、ファッションアイテムを入手するためには親をも平然と欺いてお金を巻き上げます。ダメおやじは妻に浮気されて逃げられ、ベルサーチのバッタもんを作って売る悪行が問題になって尼崎にいられなくなって埼玉の下妻の実家へと逃げ出しますが、桃子はおもしろそうだからと、母を見限ってダメおやじに着き、下妻でヤンキーのイチコと出会います。白百合イチゴという可愛らしい本名とは裏腹に、イチコは知性のかけらもない硬派なヤンキーで、ひじょうに情に厚い、桃子とは正反対のキャラですが、以来2人の奇妙な友情が始まります。
 桃子はロリータファッションのブランド BABY,THE STARS SHINE BRIGHT が目当てで、イチコは特攻服に刺繍を入れるために伝説の刺繍屋を見つけるのが目的で、2人は東京の代官山を訪れますが、桃子は BABY の社長礒部明徳氏に刺繍の腕を認められて仕事を頼まれることになり、イチコは同じく磯部社長にモデルとしての素材の才能を見抜かれ、以来ちょくちょくロリータ服のモデルをやることになります。
 作中に飽きるほど登場する BABY,THE STARS SHINE BRIGHT は実在するブランドで、礒部明徳氏もそのブランドを立ち上げた実在人物。映画が上映されてからは桃子役の深田恭子が来ていた衣装の問い合わせが絶えなくなったそうです。
 BABY 以外にもベルサーチやジャスコなど、作中には実在するブランドやショップがあれこれ登場しますし、尼崎や下妻、代官山が実際の地名であることは言うに及ばずですね。作者の嶽本野ばらは京都の人ですけど。

 クライマックスとなる、イチコがレディース舗爾威帝劉(ポニーテール)を抜けるためにケジメをつけるシーンは、映画の方が迫力があり感動的でした。小説では、心根の腐った桃子の心理描写が主要になるため、イチコのピンチにひと肌脱ぐ桃子の心情はやはりひねくれています。でも映画の桃子は、バイクで転んで大切なお洋服を泥まみれにし、般若の形相で叫びます。「我ら、なめとったらあかんぞ」尼崎で慣らした大阪弁が炸裂し、レディース(女性暴走族)の面々をビビらせます。
 イチコが舗爾威帝劉を抜けることになった理由は、先代の頭亜樹美さんが率いていた頃とちがって、茨城統一とか言って他のチームをボコって統合したり、規則で縛りつけたり、それじゃあ、あたいらがイヤで見限った人間社会と同じじゃねぇかよ、ということでした。こいつ(桃子)は、たった独りで自分の足で立ってるんだ、卑弥呼の操り人形のお前ら(舗爾威帝劉)とは箔がちがうんだよう。
 伝説の走り屋卑弥呼の命で茨城統一を目指す舗爾威帝劉ですが、じつはその人物を見た者はおらず、その真相はイチコの想像がひょんなことから世間に広がってしまったというものでした。

 かくして、桃子とイチコの間にはかけがえのない友情が生まれたかに見えました。映画の中ではそうでした。BABY の磯辺社長も、映画の中では仕事や将来の夢よりも友情を取ってイチコのもとへ行こうとする桃子の背中を押します。「行きなさい、行くべきです。自分には仕事しかなくて、だから友だちなんていなかった」ところが原作ではこの社長の名ゼリフがありませんでした。
 原作の桃子は、イチコの危機を救おうなんて気概はなく、ほとんど成り行きで駆け付け、映画のようにレディースたちを脅すこともありません。
 ほとんど成り行きで、窮地を救われたイチコは、桃子に対して「またでっかい借りをつくっちまった」と言いますが、桃子は返さなくていいと言います。借りたものは返さない、目的のためなら他人を利用する、それがロココな彼女の信条なのです。

 ヤンキーちゃんとロリータちゃん、なんて軽いサブタイトルがついていますが、安易な気持ちでこの小説を読んだら、その重みに圧倒されてしまいます。筆者もロココとは何なのか、日本生まれのロリータファッションとは何なのかについて、この1冊で多くを知ることができましたし、他人に与(くみ)せず他と相いれない桃子の生き様にも考えさせられました。彼女は心根が腐っていると自称していますが、規則がこうだから、先生や上司の言うとおりだからと、責任を上に棚上げして非情なことを繰り返す、一般社会仲良し組の人間とは異なり、彼女は自分の責任で自立しています。彼女とは正反対の情に厚いイチコがなぜ桃子を高く評価し、彼女から離れないのか、よく解ります。
 それはヤンキーとロリータという世間とは相いれない者同士のかばい合いなんていう単純な人間関係ではありません。2人は仲良しさんに見えて、友情の安売りなんてしません。とくに桃子は、イチコを親友などと思っていなくて、どうしようもないおバカ娘だと軽視していて、それでも彼女のピンチは放っておけないのです。親をも平然とあざむき罪の意識もない彼女が、です。
 彼女の生き方には、上辺だけの道徳なんて通用しない、ロリータ命がゆえの人との関わり方、社会との接し方があります。引き受けた仕事は、たとえ特攻服に刺繍を入れるというダサいものであっても、全力でぶっ倒れるまでやり遂げ、その仕上がりで人をアッと言わせます。それだから磯部社長も彼女を心底信頼し、アパレルの知識などまったく持ち合わせない素人なのに特別待遇で会社に招き入れようとします。
 この思想は、著者のような芸術家だからこそ思い至るものなのかもしれませんね。会社に飼われて平凡に時間をやり過ごしている筆者ら凡人には思いもおよばぬ生き方です。芸術に生きそれに命を捧げるが故に世間から奇異に思われがちな芸術家の人間に対する愛は、じつは海よりも深いのです。

2002年出版 小学館
著作:嶽本野ばら

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