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淵に立つ【映画】

2016/11/02


 個人経営の小さな鉄工所を営む鈴岡利雄とその妻章江、10歳になる娘の蛍という3人家族の元に、八坂草太郎という男が訪ねてきます。八坂は利雄と顔見知りのようで、そのまま家に居ついて仕事を手伝うようになります。唐突な家庭の変化に戸惑う章江ですが、優しく紳士的な八坂に蛍もすぐになつき、章江も次第に心を開くようになります。
 郊外の静かな田舎町に物静かな家族と少し風変りな居候の暮らしが淡々と続きます。静かな風景に蛍の弾くオルガンの音が響きます。それは鉄工所の工作音よりも印象的な音です。蛍は八坂から習った曲を発表会で弾きたいと練習を始めます。章江は夜の静けさが落ち着かないと八坂の部屋を訪ね、そこで娘の発表会のドレスを縫います。
 家族と八坂とで近くの小川にピクニックに行ったりします。4人で川原に寝転んで記念写真を撮ります。章江と八坂は岩陰で2人きりになると、口づけを交わしてしまいます。川で釣りをしていた八坂は利雄に、普段はけっして見せない厚顔な表情を見せ「お前は小さい男だな、なにびびってんだ。むかしのことなんか誰にも話さねぇよ」と意味深なことを口にします。

 八坂はじつは過去に人を殺し、服役していたのでした。その事情を利雄は詳しく知っている様子です。八坂を居候させ仕事を与えたのもそのためでしょう。
 次第に距離が近づく八坂と章江、そして八坂を父のように慕いはじめる蛍。八坂と章江のことを知ってか知らずか、利雄は寡黙で無表情で淡々と仕事を続けています。

 静かなシーンにはいつも、突然何か起こるのではないか、八坂が何かしでかすんじゃないか、利雄が爆発してしまうんじゃないか。そんな緊迫感が内包されていて、会話も少ない淡々とした映像なのに退屈できません。観ていて気持ちが張りつめたままです。
 そして何かは、唐突に意外な形で起こります。静かにたたずみうなだれる八坂の足元に転がる光景に、観客は誰しも、息を飲むでしょう。「えっ?」と声を出してしまうかもしれません。

 そして8年後、家族は同じ鉄工所で静かに暮らしていますが、その変わり果てた姿に愕然としてしまいます。若くはつらつとしていた章江は、髪の毛ボサボサで身なりもかまわない疲れ果てたおばさんと化し、年頃の娘に成長した蛍もまったくの別人になっています。八坂の姿はなく、代わりに若い青年が働いています。
 青年がじつは八坂の息子であるという皮肉な事実を知った時、寡黙な利雄の感情が爆発します。この8年間、利雄は家族を変えてしまい姿をくらました八坂を探し続けていたのでした。
 やつれてノイローゼぎみの章江は、心底疲れたといった面持ちで「もうやめない?」と夫にすがりますが、利雄は「8年前なにがあったか知りたいんだ」と撥ねつけます。
 しかしながら利雄が依頼していた興信所から、八坂らしい男を見かけたという連絡が入ったとたん、章江も夢中で駆け出します。……あまりにも衝撃的な結末へ向けて、家族は駆け出します。

 浅野忠信演じる八坂はじつに恐ろしかったです。八坂が紳士的であればあるほど恐ろしさは募ります。彼は自らの正義を信じて疑わなかった傲慢さが身を滅ぼす原因となったと、過去に青年を殺害した一件について語ります。今は遺族に謝罪の手紙を添えて仕送りをしているのだそうです。彼は果たして本当に罪を悔い改心したのでしょうか。章江にはそのように告解しながら、利雄に対しては、お前は俺が服役している間に女を作ってセックスして子供までいやがる、俺とお前の立場が逆だったらな、なんて脅しめいたことを口にします。
 浅野忠信の怪演もすごい迫力でしたが、章江を演じた筒井真理子がそれ以上にすごかった。蛍がまだ幼い頃は、寡黙な夫に不満を覚えながらも良妻を演じ、それでいて八坂を知らず誘惑してしまう"女性"を漂わせていますが、8年後の彼女は狂人の目をしたくたびれた中年で、石鹸で延々と手を洗い続けたりします。それでいて平素は思慮も分別もある普通の主婦で、狂人と常人のはざまを揺れている様がリアルに恐ろしいのです。
 古舘寛治が演じる利雄は、今もむかしもあまり変わらないように見えますが、8年前の事件で自分たち家族は初めてひとつになったのかも知れない、そう言います。彼は章江が知らないむかしから八坂の影におびえて生きていたのかも知れません。無口で無表情で何を考えているかよく解らないけれど、仕事に対してはひた向きで人の面倒もよく見る、普通のおじさんです。でもメガネのレンズの奥の目の鋭さが怖いです。
 そして18歳になった蛍を演じる真広佳奈の演技がまた強烈でした。大人たちの業を一手に背負ってしまった蛍を彼女は見事に演じ切っています。
 今回、あまり重要な役割ではありませんが、太賀が演じる八坂の息子も好演でした。八坂の手掛かりを求めて車を飛ばす鈴岡家族に彼も同乗しますが、章江はあなたの父を見つけたらその前であなたを殺すかもしれない、そう言います。いいですよ、それであなたがたの気が済むのなら。彼は、じつは父とは生まれる前に生き別れており、まだ会ったことがありません。彼もまた何かを背負って生きてきたのかもしれませんね。

 恐ろしくて、切なくて、ひじょうに考えさせられる人間ドラマでした。人生のどこかで、小さな歯車がすこし狂って、それがどんどん増幅して行く。それでも人間は生きて家族ごっこを続ける。ありふれた日常にひそむ恐怖と狂気を静かにえぐり出していて、思わず背筋が凍ります。
 カンヌ国際映画祭で「ある視点」部門審査員賞を受賞しています。

2016年日本/フランス、119分。
監督、脚本:深田晃司 。
出演:浅野忠信、古舘寛治、筒井真理子、太賀、三浦貴大 、篠川桃音、真広佳奈ほか。

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