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高慢と偏見とゾンビ【映画】

2016/10/30


 イギリスの小説家ジェーン・オースティンが1813年に著した小説「PRIDE AND PREJUDICE」は18世紀末のイギリスの片田舎を舞台にした珠玉の恋愛小説ですが、筆者がよく知るのは、キーラ・ナイトレイ主演で映画化された「プライドと偏見」(2005年イギリス)です。恋愛ものとは疎遠だったにもかかわらず、ゴシック文化を色濃く残すファッションや建物の美しさに魅せられて観に行きました。
 ベネット家は娘ばかりが5人いて、父親が亡くなれば家や土地は古いしきたりで従兄弟のものになってしまいます。ゆえに母親は娘たちを高貴な資産家の許へ嫁がせようと気をもんでいます。
 あるとき貴族のヒングリーが友人のダーシーと共に別荘を借りてやって来ます。ベネット夫人は娘たちが2人の青年に見初められるように、彼らが催すパーティに参加させますが、ヒングリーは長女のジェーンを気に入り求婚します。次女のエリザベスはダーシーに心惹かれるものの、ダーシーの彼女を見下すような言動を耳にしてしまい彼に失望します。ダーシーもじつはエリザベスが気になるのですが、彼のプライドが格下の娘への求愛を拒ませるのでした。
 毅然とし笑顔の少ないダーシーと、才色兼備のエリザベスは、お互いに思いを寄せ合うものの相容れることが出来ないままでした。

 原作小説および映画「プライドと偏見」のキャラおよび設定をそのままに、舞台をゾンビが暴れまわる仮想イギリスに置いてお話が進む、それが本作「高慢と偏見とゾンビ」です。パロディ映画かと思いきや、たいへんスケールの大きな歴史ロマンでした。仮想18世紀イギリスでは、人の脳を食らいながら死してなお活動し続けるアンデッドすなわちゾンビが当たり前のように存在し、人々の生活を脅かしているという設定で、ベネット家の娘たちも中国や日本で武術を習得し、あでやかなドレスの下には長剣や銃を隠しているのでした。
 ダーシーは、ハエを使ってゾンビを見破り殲滅する魔物退治のエキスパートとして、エリザベスたちの住む田舎町を訪れます。ゾンビの奇襲を受け危ういところをダーシーに救われたエリザベスは、彼に心を惹かれますが、ダーシーの方は美しく聡明な娘を目前にして心を許そうとしません。高貴な家柄に育った彼のプライドが、位の低い田舎娘との恋愛を拒んだのです。しかしながら度々遭遇することになる2人の心は、お互いを意識し合い心穏やかではいられませんでした。
 ある時、ヒングリーは求婚相手のジェーンを残し故郷に帰ってしまいます。ヒングリーの心変わりの原因がダーシーであることをエリザベスが知り、2人の仲はさらに疎遠になり、追い打ちをかけるようにウィリアムという騎士からダーシーの良からぬ話しをエリザベスは聞かされます。ウィリアムは若い頃、ダーシーの家に身を寄せていたことがあるのですが、気位の高いダーシーは、ウィリアムの神学校への進学を認めず、彼から聖書を奪い追放してしまったというのです。
 それからエリザベスとウィリアムの距離は近くなり、ウィリアムはエリザベスをとある教会に連れて行きます。そこには数多くのゾンビたちが礼拝に訪れていました。ゾンビは人脳を食べさえしなければ人を襲うことはなく、そこにいるゾンビたちはひじょうに温厚で、豚の脳を食べて暮らしていました。
 急速に数を増やしつつあるゾンビは、やがて人類を滅亡に追いやってしまうだろう、しかしゾンビたちと協議し共存することができれば、人類は滅亡を回避することができる。教会に通う平和的なゾンビたちは、人とゾンビが共存するための鍵であると、ウィリアムは主張します。
 エリザベスも彼の考え方に賛同し、2人は教会の運営を支援するための寄付を募るために地元の名士キャサリン・ド・バーク夫人を訪ねます。眼帯をした独眼のバーク夫人はじつはゾンビ退治の歴戦の戦士でもあり、彼女は2人の申し出を冷ややかに撥ね付けます。そして彼女の傍らにダーシーがいるのでした。

 プライドすなわち自尊心を"高慢"と訳している今回の和訳はなかなかだと思います。過去に小説が和訳された際には「自負と偏見」とか「自尊と偏見」といった訳があったみたいです。プライドという言葉は、人の尊厳を現しているように聞こえますが、それはともすれば人を見下すことにもつながります。心の広い人は自分とは相いれない立場や考え方の人間をも認めるものですが、自尊心はしばしば自分を高めるために他人を見下すことにつながります。
 英語ではプライドを"誇り"の意味で用い、息子は自分のプライドだというような表現をよくしますが、そのプライドで他人を見下すのであっては、心が狭いと言わざるを得ませんし、それは高慢です。2005年の映画「プライドと偏見」と原作を同じくする本作の和訳があえて「高慢と偏見とゾンビ」としたところに、筆者はとても好印象を受けました。どなたが訳したかは存じませんが。

 原作あるいは映画では、結婚が女性の唯一の幸せと決めつけられた封建社会の中で、女性の自立した恋愛を描くといったテーマ性が色濃く表現されていますが、本作でもそれは変わらないのですが、それがゾンビの毒牙によって汚されてしまっている感があります。タイトルからして中世の上流社会にゾンビ現るって感じですから、誰しも高貴なレディたちのゾンビとの戦いを期待してしまいますし。さりとて化け物ホラー映画とするにはあまりにも壮麗で品位があって、文芸作品然としています。それこそ「ベルサイユの薔薇」のように過酷な厳しい戦乱の中で愛を育み勇気を貫いたヒロインもののスペクタル巨編の風格を備えているのです。
 文芸作品なのか化け物映画なのか、はたまた文芸のパロディなのか、ジャンルづけさえも曖昧です。観る人によっては格調高い文芸巨編ですし、別の人にとってはB級ホラーと映るかも知れません。VFX全盛の今の時代にはCGを駆使すればどんな壮麗な映像も思いのままですしね。
 こうした曖昧さのおかげで、この作品は多くの批評家たちに虻蜂取らずの愚作と評されることになるかもしれません。封建時代の恋愛という古い社会問題からも、怪物映画の醍醐味からも見放された中途半端な作品であると。

 で、筆者と言えば、手放しに絶賛です! 中世の素晴らしい建造物やゴシックファッションの美麗さには目を奪われますし、ゾンビと戦うベネット家5姉妹の雄姿はかっこよすぎます。この映像を完成させたスティアーズ監督は天才だと思います。
 この映画に批判が手中するとすれば、それはゾンビというだけでB級感を覚えてしまう先入観が、観客に色眼鏡を被せてしまうからなのでしょう。同じ架空の物語でもこれがおとぎ話だとしたら、ゾンビの代わりに悪しき魔法使いが登場したなら、歴史ロマン超大作としてより多くの賞賛を得られるはずです。
 西洋ホラーの怪物の双璧とも言えるバンパイアとゾンビは、オカルトではなくSFとして描かれることも少なくありません。とくにゾンビは多くの作品で、人間を不死の怪物に変えるウィルスの仕業であるとされています。おとぎ話よりも空想科学が軽んじられるのは、おとぎ話に古典としての重みがあるからですかね。
 人間同士が権力争いのために殺戮を繰り返す乱世に、ゾンビウィルスという新たな宿敵が現れたら人間社会はどうなるのか、その中でも貴族たちは高潔を重んじ、名誉のために戦えるのか、純愛を貫けるのか、こんなふうに考えると、テーマ性に重みがでてきませんか?

 この作品は、筆者にとって何度も観たい映画の1つになりましたよ。同じ美しい作品であっても「プライドと偏見」の方は、ちょっと退屈してしまいましたかね、あまりにも透明なラブストーリーすぎて。公開から10年以上経っていて筆者もそれなりに年を重ねたので、今だったら楽しめるでしょうか。そんなふうに高尚な感性を持ちたいものです。

 歴史的恋愛劇の名作とゾンビの融合という斬新な試みは、筆者的には大絶賛でしたが、多くの人たちが先入観にとらわれることなく、達人を気負うことなく、受け入れてくださり、感動してくだされば嬉しい、そう思います。そしてこの作品が映画の新境地として新たなジャンルを築き、拡がってゆくといい、そう思います。

原題:PRIDE AND PREJUDICE AND ZOMBIES。
2016年アメリカ/イギリス。108分。日本公開は同年。
監督、脚本:バー・スティアーズ 。
出演:リリー・ジェームズ、サム・ライリー 、ジャック・ヒューストン、ベラ・ヒースコート、ダグラス・ブース、マット・スミス、チャールズ・ダンス、レナ・ヘディほか。

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