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カリフォルニア・ダウン【映画】

2015/10/06


 地震の研究をしていたローレンス教授は、巨大なダムで計測を行なっている最中に地震に遭遇し、これまでのデータから地震の予知に成功したことに確信を得ますが、研究所のコンピューターには次々と恐ろしい地震の兆候を示す測定値が表示され、カリフォルニア州が間もなく史上最大級の大地震に遭遇することを知ります。
 災害救助隊のレイは、家族よりも仕事を優先させてしまった結果、妻や娘に去られ、それでも救助の仕事に余念がありません。地震の報せでレイはいつものようにヘリを飛ばしますが、その彼のもとへ妻からのSOSの電話が入ります。倒壊寸前のビルから妻を救出することに成功したレイは、今度は娘の助けを求める電話を受け、夫婦で力を合わせて娘の救助に向かうことになります。行く手には誰も経験したことのないカタストロフが迫っており、被災地から避難してくる人波を逆走する形で2人は、変わり果てた街へ急ぎます。
 一方、地震で助手を失って失意のローレンス教授は、この地震がこのままでは終わらないことを知り、研究所の仲間たちと共に、テレビ放送の電波ジャックを試み、より大きな危険が迫っていることを市民や政府に対して訴えます。
 レイの娘セレーナは、新しい父になるはずのダニエルに見捨てられ、地下の駐車場に取り残されてしまいますが、会社経営者であるダニエルの職場に就活に来ていた青年に助けられ、その弟と3人で窮地から脱出を試みます。

 壮大なスケールのパニックムービーです。街の崩壊の様子がハンパないです。ゴールデンゲートブリッジも倒壊します。でもね、最近のCGを駆使したスペクタクルムービーでは、どれだけ壮絶な映像が出てきても観客はあまり驚かなくなっていますよね。コンピューターグラフィックが普及していなかった頃の「大地震」や「タワーリングインフェルノ」「ジョーズ」初期の「ダイハード」の頃が懐かしいです。あの頃はほんと、破壊シーンに驚かされましたからねぇ。そのうち俳優もCG化してしまうかもです。映画の現場はパソコンとデスクだけになっちまいます。
 これだけCGがリアルな映像を再現できるようになった現在、次に我々を驚かせてくれるのは、バーチャルリアリティの進歩でしょうか。

 パニックムービーになくてはならないものは、スペクタクルシーンに加えて、感動の人間ドラマです。窮地に陥った人間がどんな行動を取るのか、絶体絶命の危機に瀕した人間が普段は見せないどんなパワーを発揮するのか、それが映像以上の見どころであるわけです。主人公のレイとその妻エマはすでに別居状態で、大富豪のダニエルという愛人がすでに存在します。娘のセレーナもエマについてゆき、レイは彼女たちがダニエルの許に行ってしまうのを止めることもできません。
 離れ離れになってゆく家族を、未曽有の大災害が襲い、九死に一生を得て家族は絆を取り戻す。ありがちです、ありがちすぎます。ありがちだけど、パニック映画にはなくてはならない重要な要素ですよね。  夫婦は破壊しつくされた街で、ようやく娘を発見しますが、津波によって水没したビルに閉じ込められた娘は、レイの見守る前で水底に沈んでゆきます、愛しているという言葉を残して。じつはレイは過去にもう1人の娘を失くしています。彼女を助けられなかったという思いが、彼を災害救助の仕事へ誘い、これまでに彼は大勢の人の命を危機から救ってきたのですが、どうして自分の娘たちだけは救うことができないのでしょう。あの子を死なせるわけには行かない。絶対にあきらめない、レイは揺るぎない決意で最大の危険に飛び込んでゆきます。

 異常気象が当たり前になってしまった現在、世界各地で大きな自然災害が後を絶ちません。日本でも阪神淡路大震災、東日本大震災と、立て続けに大きな災害が生じています。今や世界標準語となった"ツナミ"という言葉がこの映画でも使われており、本編開始前に、津波のシーンが含まれていることが表示されます。実際に被災された人たち、被災地に救援に向かわれた人たち、被災地に家族や友人を持つ人たち、大勢の人々にとって災害が他人ごとではありません。
 災害時に、もっとも頼りになるもの、それは人と人との絆です。筆者は阪神大震災で務めている会社やその同僚が被害に遇い、社内の文芸誌の震災特集で現地を取材しました。震災を生き延びた人たちが口々におっしゃったことは「何を失っても、そこに人間がいてくれれば怖いものはない」ということでした。  普段口も利かない気難しそうなおっさんが、がれきの下から子供を救出し、無愛想なおばはんが炊き出しをして無償でそれを周りにふるまい、村山政権が救援について閣議を開き、どのセクションがどこの救援に向かうのか、どの大臣の手柄にするのかといったことをのん気に討論しているうちに、市民レベルの助け合いが進みました。日本人はお行儀が良いので、パニックに際しても暴動は起きません。
 この映画でも、政府と軍隊が市民を救ってくれたとか、マスメディアが大活躍したといった内容はまったくなく、政府は電波ジャックをして警鐘を鳴らしたローレンス教授の行動に謝意を述べています。また、大きな財力を持つ富豪が、何の役にも立たず、大切な人を見捨てて逃げ出し、あっけなく死んでしまいます。富や権力をあざ笑う表現が爽快です。
 実際の災害でも、重要なのは身近な人間同士の助け合いです。暴動を起こし、我勝ちに逃げることも、腰の重い政府をののしることも何の役にも立ちません。また、強力な通信ネットワークを持つ現在社会においては、それを駆使してより多くの人々が現状を把握し、動ける人が迅速に行動することが重要になるでしょうね。
 どんなに大きな震災も、権力者が市民をコマにして殺人ゲームを楽しむ戦争に比べたらはるかにマシだと、第二次世界大戦と福井震災を経験した筆者の母が言っていました。

原題:SAN ANDREAS
2015年アメリカ、114分。同年日本公開。
監督:ブラッド・ペイトン、カールトン・キューズ。
出演:ドウェイン・ジョンソン、カーラ・グギーノ、ヨアン・グリフィズ、アーチー・バンジャビ、ポール・ジアマッティ、ウィル・ユン・リー、カイリー・ミノーグほか。

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