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時計じかけのオレンジ【映画】

2015/01/26


 キューブリックは、筆者の大好きな映画監督で、「博士の異常な愛」 「2001年宇宙の旅」 「シャイニング」 「フルメタル・ジャケット」 「アイズ ワイド シャット(遺作)」 と、どれも大そう感動いたしました。ほかにも 「スパルタカス」 「ロリータ」 「バリー・リンドン」といった、筆者はまだ観てませんが当時世間を騒がせた作品がいろいろあります。人間を描くということにこれほど奇妙で驚異的で生々しい監督はなかなかいない、と筆者は思っています。ひじょうに変わった作風の映画を作りますが、シュールレアリスムのような観念的なものではなく、けっこう解りやすいテーマ性を有しています。
 わけても「2001年宇宙の旅」と本作は、奇妙で難解な作品として話題になりましたが、けっしてそんなことはありません。両作品ともひじょうに鮮烈な映像と雄大なクラシック音楽を和合させた近未来SFです。「2001年宇宙の旅」(1968) はあまりにも有名でご存じの方も多いと思いますが、当時、約30年後の未来世界として木星有人探査船とそれに搭載された人工知能が描かれています。映画が公開された翌年に人類は月面着陸を成功させましたが、2001年から10年以上経った現在も木星探査船や人工知能は実現していませんね。

 さて、本作のお話しですが、舞台は近未来のロンドン。非行少年のアレックスは悪友たちと共にドラッグ入りミルクを飲んで夜な夜な暴れ回り、暴力とセックスに明け暮れる日々を送っています。ある時、富豪の家を襲撃した際に仲間に裏切られて逮捕されたアレックスは、実刑を食らうことになります。刑務所で彼は、更生のために特殊な治療を受けます。体を拘束され目を閉じられないようにまぶたを固定され、延々と暴力映像を見せられるというものです。そしてBGMには彼の大好きなベートーベンの音楽が流れています。温厚で善良な青年に転身してアレックスは出所しますが、そんな彼を、かつての仲間や被害者の遺族たちによる暴力が待ち受けていました。

 エドガーの行進曲「威風堂々」やオペラ「泥棒かささぎ」、ベートーベンの交響曲といったクラシックの名曲をBGMに、サイケデリックな映像と、暴力とセックスが繰り広げられます。
 この映画を初めて観たのが、高校生の時で小劇場でのリバイバル上映でした。あの当時はロードショー公開から少し時間が経った旧作を2本立て3本立てで上映する小さな映画館がたくさんありました。学校の教室の半分くらいの劇場から、一流劇場顔負けの大型館まで、多数の二流劇場があったので、安価で劇場上映映画をたくさん見ることができました。現在はそうした劇場はひじょうに少なくなり、わずかに残った小劇場は大型館で上映しないロードショー公開作品を上映する、料金的には一流と同等の劇場になってしまいました。
 当時初めて聞く「威風堂々」や「泥棒かささぎ」、そして電子音楽による「第九」があまりにも素晴らしくて、この映画のサントラレコードを買いました。あの頃はレコード屋さんに行くと映画音楽のサントラ(オリジナルサウンドトラック(OST))のコーナーが必ずありました。衝撃的でしかも芸術的な映像と共に聞くこれらのクラシック音楽は、今でも大好きな曲です。アレックスは更生治療のために強制的に暴力シーンを見せられながら大好きなベートーベンを聴かされますが、観客もまたアレックスたちの暴力シーンを見ながら名曲の数々を聞くというわけです。アレックスは無事に更生しますが、その代わりに大好きな音楽を聴くと醜い暴力を思い出して吐き気に見舞われるという悲しい後遺症を抱え込みます。しかしながら観客がそうした症状に襲われることはないので安心してください。アレックスが見せられた暴力映像とちがって、この映画はひじょうに芸術的で感動的ですから。
 作家の家を襲撃し、彼を縛り上げてその妻を暴行しながら、アレックスは名曲「雨に歌えば」を熱唱します。出所後、彼は皮肉にも仲間たちの暴力に遇い、命からがら一軒の家に助けを求め、そこで手厚い看護を受けますが、ゆったりとバスタブに浸かりながらいい気分で「雨に歌えば」を口ずさんでしまいます。おかげでその家の住人がアレックスの正体に気づいてしまいます。再会した仲間が今では彼を迫害する立場になっているというエピソードを含め、皮肉な巡り合わせがいくつか登場しますが、因果応報とはこのことだなぁと、見事なストーリーの妙に感心させられました。

 ショッキングな色使いで描かれた、暴力とセックスと名曲の融合した近未来、そのあまりにも個性的な映像に、すっかり魅せられてしまいます。ひじょうに異色でパンクでサイケであるにもかかわらず、抽象的でわけが解らない内容ではなく、ストーリーはとても解りやすく内容にもとても共感できます。誰もが、あの憎たらしいアレックスが大好きになってしまうことでしょう。キューブリックマジックですね。
 またアレックスたちはまた、独特の言葉づかいで話し、それもこの作品に強い個性を与えているのですが、英語を解さない筆者にはそのユニークさは、翻訳だけではあまり伝わってこないのが残念でした。  数々の古典の名作に描かれた未来図が、時代と共に古びて幼稚な感じになってしまうなか、アレックスたちの服装は今見ても新鮮です。白の上下に山高帽と黒いブーツ、プラスティックのパンツを幅広のストラップで吊っているそのファッションは、ピエロのマスクの殺人鬼よりも怖いです。

   以下ネタばれです。出所後は更生して清らかな心の青年になったはずのアレックスですが、かつての仲間にもそして家族にも見放され、彼を受け入れる者は誰もいません。不良時代にはあんなに生き生きしていた彼は、苦悩と悲しみの中に沈み込み、とうとう自殺してしまいます。そして一命を取り留めた彼は、生死をさまよったショックで"治って"しまいます。もうベートーベンを聴いても平気です。
 一方、彼の更生をイメージアップに利用しようとした政治家は、彼の自殺未遂により評判を落としてしまいます。そこで治療によって廃人同然になった彼が立ち直れたことをPRしてほしいと、頼みに来ます。アレックスはそれを快諾し、謝礼としてゴージャスなステレオセットをものにします。大音響でベートーベンを聴く彼は、マスコミ取材に対して満面の笑みを浮かべ、その目には以前の残忍さが蘇っているのでした。
 多くの人を不幸にしたアレックスですが、更生して社会に復帰するとまともな暮らしができず、再び悪意を取り戻すことで精気が蘇り、名声さえ手に入れてしまいます。ひじょうに皮肉な運命に翻弄されるわけですが、その背景には彼を利権に利用しようとした政治家の野望があるわけで、なんだか人間社会に対する虚しさを感じてしまいます。  映画はここで終わりですが、原作にはアメリカで出版された際に削除された終章があります。アレックスは新しい仲間たちとつるんで再び暴れ回ります。しかし以前のようには心底楽しめない自分がいます。そんな折りかつての仲間の結婚と出産を知り、彼は暴力から手を引こうと決意します。でも心の中でこう思います。自分もいずれ結婚して子供ができたとして、その子もまた暴力の道に走り、それを止めることはできないだろう。
 この終章が削除されたことで作品の意図が変わってしまったという批判は少なくないようです。しかし筆者には、最後の件りが蛇足のように思えます。自殺未遂で元に戻ったアレックスは再び悪の道を進むものの、今度は自分の意思で足を洗う。でも将来の自分の子も同じ道を進むだろうと思う……。なんだか虚しい堂々巡りのようで、かえって作品の意図があやふやになっているような気がします。治療を担当した医師やその功績に便乗しようとした政治家に翻弄されながらも、大人たちの醜い下心に関係なくアレックスが自分を取り戻したというところで終わっている映画版の方が、権力を小気味よく笑い飛ばしていて好感が持てます。
 駄文を書いているうちにまた観たくなって来ました。以前に買ったDVDが家のどこかにあるはずです。探してみましょ。

原題:A Clockwork Orange。
原作:アンソニー・バージェス(イギリス)
1972年アメリカ/イギリス、137分。日本公開1972年。
監督、脚本:スタンリー・キューブリック。
出演:マルコム・マクドウェル、パトリック・マギー、マイケル・ベイツ、ウォーレン・クラークほか。

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