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渇き

2015/01/22


 役所広司主演の日本映画「渇き。」ではありません。それよりも5年前に作られた韓国映画です。
 カトリックの神父サンヒョンは、アフリカで猛威をふるう致死率100%のウィルスのワクチン開発のために、死を覚悟で人体実験に志願し九死に一生を得ますが、現地で輸血を受けたせいで、韓国に帰国後、血に対する渇きを覚えるようになります。そんなある日、幼なじみのガンウの妻テジュと出会った彼は、敬虔なクリスチャンであるにもかかわらず心を乱されてしまいます。病弱な夫に夫婦生活を満たされないテジュもまたサンヒョンを求め、ついに2人は神に背く行為に及んでしまいます。
 そしてサンヒョンの秘密を知ったテジュは彼の血とその力を求め、サンヒョンは抑えようのない渇きと彼女の魔性の笑みに抗えず、白い首筋に歯を立ててしまいます。魔物の血の力を得たテジュは、活力に満ちあふれるようになり、邪魔な夫の殺害を持ちかけ、サンヒョンもそれに流されてしまいます。みなぎる力と超常的な能力を身に着けたテジュは、自らの渇きを抑えようとはせず、夜な夜な人を襲うようになります。
 このままでは、自分たちは欲望のために永遠に人を殺し続けることになる。サンヒョンは悲痛な思いで愛する女を止める決意をします。

 夜の住人にして最強の妖怪ヴァンパイアのお話しです。でもこの作品は、ホラー映画ではありません。官能ラブストーリーです。某映画解説にそう書いてありましたし、その通りだと思います。ヴァンパイアは西洋ではキリストに牙を剥いた怪物という位置づけで、十字架と日の光を恐れ夜の世界に生きる存在ですが、我々のよく知るヴァンパイアすなわち洋画に登場するものの多くは、紳士的でセクシーでかっこいい存在であったりします。吸血鬼の血族は、彼ら独自の上流社会を築いていて、人の血を吸わねばならないという運命を背負いながら誇らしく生きています。
 またべつの作品では、人の皮を被った醜い怪物として描かれ、人を惑わし窮地に陥れると、醜悪な正体を表します。どちらがヴァンパイアとしてリアルなのでしょうね。王族を中心に上流社会を築いている一族は、醜悪な怪物という運命から脱するために自らを律し、誇り高く生きようとした一派ということなのでしょうか。  いずれにしろ、彼らは超常的な能力と人を操る魔力を備え、人の生き血を吸い続ける限り不滅ですが、十
字架と日光に触れるとその身を焼かれてしまいます。しかしながら、もっと学術的な見地からヴァンパイアを描いた作品もあって、彼らもまた生物の範疇にあり、代々特殊なウィルスに感染した血を継承し続けるために驚異的な回復力や身体能力を備えるようになり、それを維持するために人の生き血を時折取り入れなければならないというのです。そうした化学的なヴァンパイアの中には、デイウォーカーと言われる日の光をも恐れない者もいます。
 本作の主人公サンヒョンは、アフリカで人体実験に志願し、500人に1人の生存者として生還しますが、その際に輸血を受けており、それ以降ヴァンパイアに変じてしまいました。このシチュエーションはいかにも化学的な吸血鬼ですが、デイウォーカーのように日の光の下を歩くことはできません。しかも彼はクリスチャンです。その教えを人に諭す神父でもあります。死の縁から生還し血に対する渇きを覚えるようになってからも彼は神父として振る舞いますが、十字架は大丈夫なのでしょうか。
 病魔と闘うためにアフリカに渡った彼は、死をも恐れず人体実験に身を捧げますが、生還した後は生きることに執着的になり、人を殺さずに生き血を得る方法を模索します。呪われた運命を断ち切るために死を選ぶことはしないのです。人を殺めずに生きようとする彼の目の前に、女性の誘惑が迫ります。神父をまとった吸血鬼はその誘惑に抗えず、破滅の道をたどることになります。
 アフリカでそのまま命を落としていたならば、彼は敬虔なクリスチャンのまま主の下へ旅立つことができたのでしょうが、運命はそれを望まず、他人を救うためには自らの命さえ差し出す男を、生への執着のために人の血を吸う悪魔に変えてしまいます。その過酷な試練を、人を殺めずに生き血を得る方法を模索するというやり方で克服しようとするのですが、今度は女性の誘惑が彼に迫ります。以前の彼だったら夫のある女性に恋するような過ちは犯さなかったかも知れませんが、生への執着が増し、血の渇きに苦しむ続ける彼には、この新たな試練を乗り越える力は残っていませんでした。
 テジュは、人妻であるにも関わらず、あどけなさを多分に残した純真な女性です。大きな目に涙をたたえて、夫との暮らしは地獄だと訴えます。
 ヴァンパイアの血の力を得たテジュは、あくまで自分に忠実で、その意味では純真なままで、人を狩ることをためらいません。輸血用の血液パック等で渇きを癒そうとするサンヒョンとはひじょうに対照的です。しかしながら、ヴァンパイアとして正道を歩むテジュよりも、聖職者の衣をまとった吸血鬼サンヒョンの方が、恐ろしく見えました。

 裸身を惜しげもなくさらし、血まみれの猟奇シーンを演じるテジュ役のキム・オクビンの演技が強烈でした。対するサンヒョン役のソン・ガンホは一貫して物静かで上品な言葉づかいで、苦悩の表情を崩しません。この正反対のキャラクターが1つのスクリーンに映し出され独特の作品観を作り上げています。本来相反する陰と陽が求めあって破局的なラブストーリーを奏でます。とっても悲しいです。
 監督は「オールド・ボーイ」で世界に衝撃を与えたパク・チャヌクです。家族と引き裂かれ狭い部屋に何年も閉じ込められ、復讐に燃える男、しかし彼の境遇それ自体にもっと恐ろしい復讐が仕組まれていたという衝撃的な作品ですが、本作「渇き」でも人助けに身を捧げた男に、死ぬよりも過酷な試練が待ち受けるという、逃げ場のない恐ろしい運命を描いていますが、両作品共に主人公をさらに追い詰める女性が登場します。オールド・ボーイでは娘ですが、物語は単純な娘との再会を許してくれません。その再会こそが、主人公を絶望のどん底に陥れるのです。こんなことなら娘と出会わなければ……。
 出会わなければ、サンヒョンはテジュを悲しい運命に導いてしまうことはなかったのでしょうか。夫との生活を地獄だと言ったテジュを、サンヒョンは救ったのでしょうか、それとも地獄に導いてしまったのでしょうか、渇きという狂気の地獄に。

 虚構の世界でも、これはとくに非日常的な世界ですが、そんな特殊なシチュエーションだからこそ純愛が究極的にデフォルメされてつかの間の輝きを放ったと思います。それは人の人生に対してとても象徴的で、筆者はそれを美しいと感じました。この作品は、黒と赤で彩られたとても美しい色彩を放つ映画です。みなさんは、どう思われますか?

2009年公開、133分。日本公開は2010年、R15+。
監督、脚本:パク・チャヌク。
出演:ソン・ガンホ、キム・オクビン、シン・ハギュン、キム・ヘスク、オ・ダルス、ソン・ヨンチャンほか。


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