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■メイド業界の変遷■

  日本におけるメイド産業は、オタク産業の一環として誕生しました。その前身は店員がアニメのコスプレをして給仕するコスプレカフェであり、数あるアニメのキャラクターの中でメイドさんが、コスプレ系のコンセプトショップとして大ブレークしたわけです。
 メイドさんというキャラは、飲食店の店員としてひじょうに相応しいうえに、ロリータ的萌え要素と清楚で淑やかな側面を兼ね備えていて、メイド産業の売りであるところの“萌えと癒し”を提供するスタッフとしてはまさに理想的でありました。ふりふりフワフワのスカートにニーソックスで萌えキャラとして笑顔を振りまくかと思えば、清楚なロングスカートで、客のこちらまで襟を正してしまうような気品を漂わせます。これがアニメのヒロインだったら、上品な振る舞いから一変してスカートから手榴弾がゴロゴロ転がりだすわ、機関銃をぶっ放すわ、空を飛ぶわで、オタクたちを「ギャップ萌えぇ!」と絶叫させるわけですが、生のメイドさんの場合は絶品の笑顔でコーヒーを混ぜ混ぜしてくださり、オムライスにケチャップ画を施してくださるわけです。
 メイドさんは、秋葉系キャラとして誕生して間もなく「アニメを知らない一般の方もお帰りできます」をキャッチフレーズに、顧客の拡大に努めて来ました。最初の頃は、オタク文化の担い手として、漫画やアニメを知らないメイドさんはほとんどいなかったのですが、やがてアニメとは別に“女の子”をアピールするお店へと変じて行き、女子高生や巫女さん、ナースといった、コスプレ店も派生して来ました。それらの派生系キャラはたいていアニメを意識したものではありませんでした。そしていつしか、メイドさん自身もオタクじゃない娘がが増えて行き、そのうちオタクなメイドさんの方が少なくなっていったのです。
 かつてのメイドさんは、オタクなご主人様お嬢様のアニメトーク、BLトークにしっかりついてきましたし、フィギュアなんぞを持参しますと、ガッツリ食いついてきました。ところが、時と共にメイドさんの質が変わって行き、アニメネタを振っても、よくわかんないと言って苦笑するメイドさんが増え、秋葉系メイドさんが誕生して10年を越える現在では、オタクなメイドさんを探してもなかなか見つからないという惨状になってしまったのです。オタク客はお帰りする頻度が減り、代わりに小金を持ったおじさんたちが女の子目当てに通い、メイドの達人を豪語するようになっていったわけです。
 もちろん初期の頃からオタクではないのに来店する勇敢な一般客は存在しましたが、今ではそれが大勢を占め、オタク客が鳴りを潜めるようになってしまったのです。
 そして、メイドさんがオタクの持ち物ではなくなったことは、単なる質の変化では済まされない、メイド産業を根底から揺るがす問題へと発展して行きました。

漫画から萌え文化へ

 むかしむかし、漫画という文化が誕生したばかりの頃、それは必ずしも子ども向けの文化を意識したものではありませんでした。人の特徴をデフォルメしたイラストで、世情やその風刺を視覚的に訴えるユニークな手法として、新聞のコラムや広告に登場し、文字表現よりも直接的な表現力として活躍しました。それが4コマ漫画と言われる、起承転結を4つのシーンで現した短編ストーリーの要素を含んだスタイルになり、漫画はイラストとはまったく異なる文化として発展して行きました。
 日本の漫画文化は、もともと西洋から輸入されたものではありますが、江戸時代の北斎漫画の中に4コマ漫画の手法を用いた作品があり、それを漫画の源流だとする考え方もあるそうです。国外を見てみますと、東洋では4コマ漫画が主流で、西洋には3コマ漫画が多数存在します。それらはさらに発展してストーリー漫画や劇画へと進化します。漫画独特のデフォルメされたイラストであるものの、基本的には写実画を描くのと同じ技能を必要とする緻細で高度な作品が次々に誕生し、現代の主流を占める漫画は、鍛練と高度な技術、センスを要するハイクォリティなものになりました。
 日本では、半世紀以上のむかしから、少年漫画、少女漫画、成人漫画といったジャンルが存在し、少年漫画や成人漫画の代表作は、概して太い輪郭で描かれた写実的な画法を用い、スポ根ものやSFもの、成人漫画ではギャンブルや歴史ものを扱ったものが主流を占め、少女漫画は繊細で独特のタッチで描かれたキャラが演じる恋愛もの、学園ラブコメの作品が多数誕生しました。
 筆者が幼少の頃は、これら3つのジャンルは一見してそれと判るていどに線引きされていて、それぞれの性差年齢にあったジャンルを嗜むことが常識でした。少年が少女漫画を嗜好するのは、たいそうマイナーなことでした。少年が少女漫画を読むなどは、たまたま女兄弟がいて家にあったそれをこっそり見るとか、女友だちの家に遊びに行った際に、それを見る機会に恵まれるとか、そんなことでもない限り、我々男子は少女漫画を読むことはありませんでしたし、読もうともあまり考えませんでした。
 筆者がまだガキんちょだった1960年代前半に、白黒テレビなる魔法の箱が自宅にやって来て、元祖特撮ヒーローだの、魔女っ娘アニメ(当時はテレビ漫画と言った)を放映し始めました。筆者の家でも夜8時頃までと、学校が休みの早朝は、テレビの番は子供の役目になりました。
 テレビ漫画は、雑誌の漫画と事情がちがいまして、家に女の子がいなくても少女漫画を観ることができるわけで、筆者も気づけば魔女っ娘もの各種を自然に観ていました。男のクセに女の観るものを、と眉をひそめていた母も、いつしか一緒に「リボンの騎士」などを観るようになり、「アルプスの少女ハイジ」では少女漫画とは言えない男女兼用のヒロインものとして性差年齢の別なく大勢が楽しむようになりました。
 そして日本のアニメ業界は、1980年代の低迷期を経て、ヒロインが大活躍する名作の出現を皮切りに、数々の美少女ものを輩出するようになり、キャラクターの女性化が支配的になってゆきました。少年漫画であっても繊細な線で描かれた優美な面立ちのキャラが、日本の漫画の常識となったわけです。  世界に名だたる日本の萌え文化は、こうした土壌の上に確立されました。  これは筆者の持論なのですが、オタクとその文化が国内で評価され、オタクたちがそれを自称して恥じないようになったのは、ヨーロッパをはじめ諸外国で日本の美少女アニメが高く評価されたところに依るものが大きいと思います。
 世界から高い評価を受けるようになった日本のアニメは、それからどんどん調子ぶっこいて、様々なヒロインが誕生しました。かつての少年漫画、少女漫画では、男子向けは怪獣や宇宙人が大暴れするのを、破格のパワーを持ったヒーローやロボットが撃退するというスペクタルがもてはやされ、女子向けは普通の女の子が大活躍して周囲を見返しちまうシンデレラストーリーが多かったのですが、萌え文化ブレーク以降は、それが逆転した感があります。女の子がバンバン地球を救いますし、男の子の方がもう少し地味で堅実な魔導師とか、剣客とかやってます。男子ヒーローものでさえも、女子がバリバリ活躍します。エヴァンゲリオンの主人公はシンジ君なのでしょうけど、アスカやレイの方がパンチがあります、よね。
 まぁ、これらの傾向論はあくまで傾向を申しているわけで、そんなことないわい、男子のヒーローも今も頑張ってるなんて反論なさらないように。  要は、そうした日本独特の萌え文化の中で、世界がアッと驚くヒロインがワラワラ誕生することに相成ったと言いたいわけです。  女子中学生が戦隊組んで魔女を分からすんなら、小学生女子だって負けてられへんし、ナースだって、中華っ娘だって、婦警さんだって黙っちゃいない。そしてメイドさんだって屋敷の掃除とお料理の合間に、ふにゃちんなご主人様に代わって殺伐とした武器を手に、地球を救うというちょっとしたアルバイトをしちまうということにわるわけです。
 現在の萌え文化においては、かつての少年漫画的スペクタルと少女漫画的シンデレラストーリーがない交ぜになった、どうしようもないジャンルが出現するに至ったわけです。
 いかがです? そろそろ、秋葉系メイドさん現るの匂いがしてきませんか? 3次元の世界にメイドさんが降臨しなすった事象は、オタクたちにとっては、一般人が思うほど驚異的なものでもなかった、のかも知れませんね。

電気街にオタク文化栄える理由

 メイドさんが、アニメ文化の2次元世界から、3次元のリアル世界に飛び出してきたことの背景については、前項におおよそについて述べました。秋葉原に居ついたメイドさんたちは、電気街がひじょうに居心地よろしかったようで、一種の社会現象として認知されるほどに大ブレークしました。オタクなヒロイン恐るべしですね。
 メイドさんたちは、お店でご主人様お嬢様のオムライスにケチャップ落書きしやがるのみならず、歌うわ踊るわ、アニトークするわ。あまつさえアニソンライヴだの、遠足だの、他企業からイベント用員として駆り出されだの、3次元社会の定義としてはウェイトレスなのに、びっくりドッキリの活躍ぶりでした。いや、ウェイトレスがそこまでしたらあかんやろ、という懸念の声もどこ吹く風と、やったもん勝ちの最たる状況を露呈しました。かの有名なアイドルグループAKB48の下地を作ったのも、メイド文化であったと豪語して的外れとは言えないでしょう。
 秋葉原の当時の実情について、関東人ならぬ筆者は、間接的な情報しか持ち得ませんが、大阪の日本橋についてはメイドさんは名実共に街を塗り替えました。秋葉原でブレークするなら、日本橋でもイケるのではと、生け捕ってきたメイドさん数名を放してみたところ、たちどころに増殖し、古くは電気街の裏通りの貨物搬入路だったところに、オタロードというイヤな感じの通り名を与え、土日ともなれば道頓堀や心斎橋さえも青ざめる人込みを形成するに至ったわけです。筆者は高校時代から日本橋を流浪しておりまして、その頃は難波駅へ抜けるショートカットとしてこの裏通りを利用したものですが、そこが人であふれる絵柄なんぞ想像もできなかったです。
 オタクたちにとって、電気街にメイドさんが大繁殖する理由はかなり明白で、なにゆえに電気街? なんていう疑問をいだくオタクは皆無であると思われますが、一般人にしてみれば、ずいぶん摩訶不思議なことであったようですね。メイド産業が猛威を振るっていた頃には、関西でも電気街以外のところにまでメイドさんのお店は点在したのですが、長くは生き長らえられず、けっきょく日本橋がメイドさんの棲息地になりました。
 筆者は、あるメイド店のファンサイトを運営していたことがありまして、あるときそのサイトが、関西の文化とその歴史を探るテレビ番組の取材を受けたことがありました。取材者の最大の疑問が、メイドさんがなぜ電気街でブレークしたのかということだったようです。この疑問を引っさげて、雑誌記者やメイド店のオーナーにも取材を行なった結果、電気街がオタク街でもあるからというところまでは答えを引き出したそうですが、じゃあオタクが電気街に住み着いた理由がどうしても解らないとのことでした。
 その取材者は、じつに器用にもオタクでない方ばかりを取材して回っていたのでしょうね。オタク街を取材して歩いてオタクの生声を聞けなかったなんて、どんな運の悪さなんでしょう。ようやくオタクたる筆者に遭遇できた取材者は、あまりにも簡単明瞭な答えに唖然としたことでしょう。
 オタクと電気街は、パソコンにおけるソフトとハードみたいなもので、オタクの趣向やらセンスやら才能やらを具体的な作品として再生するのに最も適した場所が電気街であるわけです。古くはアニメソングを収録したレコードを、新しくは映像作品を記録したDVDやブルーレイを再生するには、電子機器が不可欠ですよね。ハードを求めてオタクたちが集まれば、商売人は顧客の人種を見極めてオタクグッズを充実させます。何しろ日本橋とその近郊は問屋街でもあるわけです。グッズや材料をそろえる手腕はどこにも負けません。各種業者にしても電気街に商品を卸せれば手っとり早くて良いわけで、日本橋は地方の商店街や都心の王手デパートも舌を巻く豊富でマニアックな品揃えを実現して、オタクたちを引きつけて放さないわけです。電気街のすぐそばには、道具屋筋、少し足を伸ばせば心斎橋の服地街、松屋町の玩具街があります。鮮魚の豊富な日本橋黒門市場には、メイドさんが食材を買いに訪れます。
 表の顔が電気街、裏の顔はオタク街という2面性を、日本橋は古くから有していました。華やかな家電やマニアックなオーディオ店の陰で、様々なオタクグッズをトレードするショップが、雑居ビルの中にひっそりと居を構え、地味な佇まいとは裏腹に繁盛していました。
 それもネット時代なると、コアでマニアックなグッズがわざわざ日本橋まで来なくても通販で手軽に入手できるようになり、オタクたちの足は、日本橋から次第に遠のき始めました。電車賃をかけて日本橋に赴き、人目をしのんで薄暗い雑居ビルの中の一見怪しげなショップに足を運ばなくても、在宅でレアグッズが入手できるようになったのです。加えて大型家電店が日本橋に匹敵する安さと品揃えを充実させるようになり、電気街は表裏とも冬の時代を迎えたのでした。
 そこに光明をもたらしたのが、言わずと知れたメイドさん降臨事件ですね。メイドカフェでメイドさんを直接愛でるには、インターネットの力ではどうにもなりません。オタクたちは久しぶりに聖地に帰って来たというわけです。
 メイド店が急増する頃は、電気街とメイドさんは決して仲良くありませんでした。秋葉の方で、メイドカフェに行くお金を捻出するために電気街で万引きを働き、それを古物店に流すオタクが増えたなんてあらぬウワサも拡がり、古くから電気街を守り立ててきた古参の商人たちは「ここは歓楽街ちゃうぞ、うらぁ!」とお怒りなすったわけです。メイドさんを追い出すために行政の力を借りんと、商工会は政治家に働きかけさえしたと聞きます。しかし当の政治家にしてみれば、メイドさんの経済効果は素晴らしいし、だいいち可愛いし、って言うか可愛いし「メイドさんが日本橋にいても、いいんじゃね」という反応で、その後はメイドさんと電気街は和解しました。もっともメイドさんの多くは、電気街に疎まれていたなんて気づきもしなかった次第ですが。
 そんなこんなで、電気街はDVDやパソコンが登場する前から、オタクの聖地だったわけで、電気街にオタクがいることを疑問視すること自体が、当のオタクにとっては理解しがたいのだというお話しでした。
 ちなみに、電気街では、同人誌を作るためのアイテムやコスプレアイテムも揃いますし、アニメオタクならぬ、オーディオオタクやパソコンオタクから鉄道オタクといった各種オタクのアイテムやグッズも網羅しております。つまり、電気街は、アニメオタクのみならず、様々なオタクの集う場所であったわけす。
 電気街は、オタクという言葉ができるずっとずっとむかしから、各種オタクの巣窟として機能してきましたし、これからもそうでなくてはなりません。

ボーイミーツガール

 1960年代に幼少期を送った筆者は、テレビっ子第一世代として育ちました。当時の大人たちは子供の遊びをするようなことは皆無でしたから、テレビ漫画を無心に見ている子供の気持ちなんて理解しなかったと思います。つまり大人なのにテレビ漫画を趣味にする人なんて見かけませんでしたし、大人向けのテレビ漫画もありませんでした。ただ、子ども向け作品を作っているのは、当時も大人だったのですけどね、今から思うと。もしかすると世情がカミングアウトを許さないだけで、当時も隠れオタクな大人は存在したのかもしれませんね。
 テレビという魔法の箱は、日がな1日漫画を放映しているわけではないし、衛星テレビアニメチャンネルなんてものもなければ、番組を録画しておいて好きな時間に見るなんてこともできませんでしたから、遊びの時間の多くをテレビに充てているわけではありませんでした。当時は、子供は風の子とか言われ、とにかく外で遊べと大人たちから指導されておりましたので、筆者も漫画よりも野山で虫や小動物を追い回すことの方が多かったです。そして雨の日や虫のいない寒冷な季節は、本を読んだり作ったりしてました。中学生に上がるとさっそく小説を書き始めました。
 中学高校と、たくさん本を読み、いっぱい小説を書きましたし、学校の級友と手製の同人誌も作りました。その一方で、アニメも大好きで、難しい言葉や表現の多くをアニメやコミックから学びました。
 筆者が、アニメに登場する女の子に対して特別な思いを抱くようになったのは、成人してからだったと思います。それまでは自分の変態な部分を認めたくなかったのか、良識ある大人を目指したかったのか、2次元美少女をそれほど意識していませんでした。成人してからの自分のアニメに対する思いの強さに驚くと共に、自分の中の2次元美少女への思いに気づいたような次第でした。とはいえ少年期を振り返って見ますと、女の子向けのテレビ漫画もよく見ましたし、少女漫画のコミックも時々講読し、変態の素質はあったんだなぁと苦笑する次第なのですが。
 2次元美少女に目覚めた頃の筆者は、その3次元化を渇望していました。当時はフィギュアがまだ存在しておらず、女の子の持ち物である着換え人形がそれに近いアイテムでした。怪獣や特撮ヒーローのソフトビニール人形は古くからあったのに、少女の造形は発達していませんでした。
 2次元美少女3次元化の夢は、筆者ひとりのものではありませんで、多くのオタクたちが追い求めたようで、やがてそれはガレージキットと呼ばれる模型として世に現れました。着換え人形サイズやそれより一回り大きな4分の1スケールのガレージキットは、組み立てるのは容易ですが、塗装には高度な技術を要し、技術のない者が製作するとじつに悲惨なブス少女に仕上がりました。専門家に製作を依頼するとキットの10倍ていどの技術料をとられ、完成品は10万円を越えるといった惨状でした。
 それでもガレージキットはヒットし、さまざまな美少女が3次元化されました。その後の模型技術の進化は目覚ましく、今ではガレージキットの半値の数千円で、塗装済み完成品の模型が、フィギュアの名で大量に出回るようになったわけです。素晴らしい、素晴らしすぎます。  また、フィギュアの進化と平行して、キャラクタードールといわれる、植毛タイプの着換え人形が出回るようになりました。着換え人形も今では幼い女の子の遊び相手にとどまらず、アニメのキャラクターを再現したオタクアイテムとして大躍進を遂げたわけです。
 フィギュアやドールが市場に充実してくる頃には、筆者は社会人として定収入もあったので、せっせとそれらをコレクションし、今では筆者の自室は多数のフィギュアやドールで大変なことになっています。全長約60センチの大型ドールともなると、衣装にはちゃんと裏地も付いていて、人用の衣装と変わりません。アニメ文化の発展ぶりはすさまじいですね。100体を越える美少女フィギュアやドールが並ぶ自室で、夜に独りで観るホラー映画は格別です。  時分ごとばかりを語って申し訳ないのですが、こうしたフィギュアやドールに対する嗜好は、女子には理解されない“男だけの世界”であると我々は信じていました。男子たるものが人形を愛でるなと、キショいにもほどがあると。
 ところが同人誌活動を通じて、さにあらんことを筆者は知りました。社会人になって、結婚したのちに筆者が手がけた同人誌活動は、オタクの間で隆盛を誇る二次創作漫画ではなく、仲間がオリジナル創作を持ち寄る文芸系のものでした。つまりオタクとは直接関係ないジャンルではあったのですが、次第に増えて行った仲間の、とくに女子の多くが漫画やアニメが大好きで、同人誌の中でも有名なアニメを特集したりもしました。
 筆者は、同人誌活動を通じて、美少女アニメとフィギュアやドールが、女子にも受け入れられるものであることを知ったわけですが、同人誌活動をやらないオタク男子たちが、女子でもアリなんだということを発見するキッカケを作ったのは、メイドさんでした。  メイドさん降臨以前から、漫画を描いたりコスプレをやる女子がいることを、男子たちも知っていましたが、オタク男子の嗜好を理解する女子が、ワラワラいることを多くの人たちに知らしめたのは、メイドさんでした。
 筆者のこの考え方に賛同できない方もいるでしょうが、メイドさん以降、日本橋の電気街がどうなったのか、それまで雑居ビルの奥にひっそりと営業していたコアなオタクグッズ店がどうなったのかを見れば、否定はできないと思います。
 多くのオタク男子たちが、メイドさんを通じて嗜好を共にする女子と出会ったのと同時に、事情はオタク女子にしても同じだったと言います。女だてらにフィギュアを集めたり、BL漫画を嗜んだりする女子なんて、男子は引いちまうだろうと思っていたのが、まったくの勘違いだったことが判り、これまで女性客の少なかったフィギュアや模型を扱うショップに女子の数が増え、ショップ自体が豪華で晴れやかなビルに変じ、可愛い人形が居並ぶショーケースは、オタク男女のデートスポットにまで発展したのでした。
 というわけで、長々と語った本項の結論は、メイドさん以降、オタク男女はそれぞれの住み処に隠れることなく共学するようになったということなのです。メイドさんの業績は偉大です。  今では、かつて横綱ガールとさげすまれたオタク女子は鳴りを潜め、みんなオシャレになりました。オタク男子にしても、危ない感じの不気味君は少なくなりました。よかった、よかった。

メイド産業に内包された性風俗

 かつて、多くのオタク男子とオタク女子の出会いを取り持ち、オタク文化を健全でより明るい雰囲気に導くことに貢献したメイドさんですが、メイド店と風俗店との類似性については、初期の頃からしばしば問題になっていました。オタクたちにしてみれば、メイドさんはメイドさん以外の何者でもなく、ウェイトレスがメイドのコスプレをしたものなどではあろうはずもないのですが、世間一般の定義は、メイドのコスプレをしたコンセプトショップということになります。それはしばしば、風俗店におけるコンセプトと同一視され、けっきょくは可愛いメイドが目当ての風俗店代行なんじゃねぇのか、そんな懸念を抱く人は少なくありませんでした。社会の風紀を取り締まる警察関係者も、ウェイトレスは注文を取って商品を届けるという給仕をするスタッフであって、接待業はしてはならねぇ、コーヒー混ぜ混ぜし、オムライスにお絵描きだのは、ウェイトレスの本分を越えているのではないかと目を光らせていました。
 やったもん勝ちで通ってしまった、混ぜ混ぜやお絵描きも、それにとどまっている内はまだしも、ご一緒にラブ注入とかっていかがなものだろう。客とのオタトークにしても、喫茶店のウェイトレスが常連客に世間話の一言も語るの延長と思えば認めざるをえないが、そのまま行き過ぎたことになっちまわないのか。あるいはメイドさんとチェキって、ふつうの喫茶店のウェイトレスはしないだろう。このように濃密なコミュニケーションは、客の勘違いを招き、延いては店側も過剰なサービスを提供することになりかねない。ましてリフレ店ともなると、客との一時的接触が濃厚すぎて、高校生可の仕事としてどうなんだろう……。
 メイド店では、客の誤解を招かないために、当店は風俗店ではないという文言を掲出し、風営法に抵触するようなサービスの強要があれば警察に通報するとも表記して自己防衛していました。
 実際、メイドさんのお店と風俗店のちがいについて、どう思うよ? 筆者はオタク仲間とそういう議論をしたことがあります。そんなこと言ったら、メイドさんも真っ青な超可愛い制服を着用した某ファミレスはどうなのさ? ナースだって、フライトアテンダントだって、中華料理店のチャイナ服だって、婦警さんでさえ、萌え要素たっぷりなんじゃねぇの? そんな意見が飛び交いました。確かにむかしから看板娘という言葉もあるように、可愛い女子店員の存在は、接客力アップの重要アイテムであると共に、女性ならではのソフトな対応が、顧客に安心と信頼を与え、そのことと風俗店とを業種混同するのは、よほどの変態でないと思いもつかないことでした。
 余談になりますが、筆者の勤める鉄道会社でも最近では女性スタッフを雇用するようになり、彼女たちの女子力が鉄道の雰囲気を塗り替えました。同時に男性スタッフならではの安全に対する安心感信頼感も再認識していただけることとなり、女性スタッフ導入は、大変に良かったんじゃね? 男女雇用機会均等法万歳ということに相成ったとわけです。女性鉄道員を“萌え”の対象にするなんて変わり者は、さすがにいないだろうと思っていましたが、鉄道各社に女性スタッフが充実してくると、鉄道娘なんてフィギュアが大ブレークし、筆者は驚きのあまり口が菱形になっちまいました。……鉄道娘アニメ化希望。
 メイドさんのお店は、言わば看板娘だらけで、それが飲食店の本分を越えちまってるってわけ。越えちまっていたとしても、それで店の風紀を乱していなければまったく問題ないわけです。日本橋のメイド店では、メイドさんをどんなにたくさんやとっても、人件費分だけ商品のコストを下げると、客は納得しません。関西人はお得感がないお店には来店しません。秋葉の関東人のように「メイド店は、女の子雇うのに経費かかるから、レトルトカレー1杯2000円でも仕方ないよね」なんて言ってはくれないのです。
 こんな状況では、オタク客だけを当て込んでいたんでは商売あがったりだぜ、というわけで、メイドさんのお店は、アニメに詳しくない一般の方でもお帰りできますのよ、という方針を掲げ、一般人の集客にも早くから成功しました。メイド店の前身とも言えるアニメ系コスプレカフェが、繁栄に至らなかったのは一般人を寄せつけないという悲しい性のせいでしょう。  少しばかりリッチな壮年層中年層の集客に味をしめたメイド店のオーナーは、いつしかメイドさんの原点がオタク文化であることを忘れ、オタク女子の採用よりも、ルックスの良い女子の採用に重きを置くようになり、やがてオタクなメイドさんはどんどん姿を消して行きました。メイドさんにアニトークを振ってもついて来ないし、フィギュアを見せると引きつり笑いされるしで、オタクたちの足はメイド店から遠のき、おっさん客が増えて行きました。
 そして、長引く不況。メイド店のオーナーたちは、思うように集客できないことを、不況とメイドブームの終焉のせいにし、不運を呪いました。オタク不在のメイド店のスタッフ募集に応じる女子も様変わりし「メイドの格好したら、時給いいんですよね?」なんて娘ばかりが来店するようになり、過剰なサービスも厭わないという勇猛な女子が増えていったわけです。  そして2012年あたりから、風俗店まがいのサービスを提供する店が急増し、とうとう警察から、売春斡旋の出会い系の店としてメイド系のコンセプト店が査察を受けたり、摘発されたりするようになってしまったわけです。優良店を貫いてきたメイド店までもが、風営法の営業許可を取得するようになり、今では、メイド店は高校生が安心して働けるお店とは言いがたい、と言わざるをえない状況にまで成り下がってしまいました。
 メイド店で行なわれているサービスの数々が接待に当たる可能性もある、多くのメイド店が脱法風俗店であると言われても仕方ない。だからメイド店は摘発を受ける前に風営法の営業許可を取りましょう、法律事務所もそんな提案をメイド店に持ちかけるようになりました。  風営法の営業許可を取ると、未成年者は就業できませんし、未成年の客も来店できません。メイド店はパチンコ店と同じような大人の持ち物ということになります。
 メイド店で長く勤めたある女性が、筆者に以下のように話してくれました、メイド店が高校生の求人を打ち切ると、家庭の事情で働かざるをえない娘たちまで職を失う、格差社会と不況が、未成年者の就職の増加を余儀なくしているというのに。また、べつのメイドさんは、オタロードで客引きしている厚化粧のギャルメイドを、人々が非難の目で見ていると、自分たちもメイド服を着ているということで同様に見られているのかもと思ってしまうと嘆いていました。
 今後、メイド店の風俗店化は進んでゆくのでしょうか。風営法の営業許可を取るメイド店の他にも、チェーン店に経営権を譲渡するお店、業種替えするお店もチラホラ。そしてメイド店イコール風俗店という認識が広まれば、電気街としてはメイドさんにそばにいて欲しいと思わなくなるでしょうし、商工会もストリートフェスタでのメイドパレードを取りやめようかと思うかもしれません。
 メイドさんがオタロードから姿を消す日が来るのでしょうか。そうなれば、電気街での待ち合わせや飲食、トイレはどこに頼ればよいのでしょう。メイドさんがオタク事情の情報整理役を果たさなくなった昨今、筆者もわざわざ電気街に出向く必要性を感じなくなりつつあります。オタクアイテムも電化製品も、通販や梅田の大型店で事足りるし。

執事カフェと男装カフェ

  メイドカフェにオタクならぬ男子が集まる事情については、これまでに述べてまいりました。では、メイド店にお帰りする女性客事情はどうなっているのでしょう。メイドさんとオタトークがしたいというオタク女子の事情は解りますが、最近はオタクなメイドさんが激変して、それもなかなかかなわぬ有り様です。しかし女性客の中にもオタクではない一般人が少なくありません。
 女性アイドルを追いかける女子がいるように、メイド店にも可愛い女の子が目当ての女の子がいます。筆者の勤める会社の女性職員の中にも、アニメにはほとんど興味がないけれど「可愛い女の子がいるなら、メイドカフェ行きたい」と胸を張る女性が何人もいます。しかも彼女たちは同性愛者ではない(と本人たちは言ってます)らしいのです。まぁ、筆者としてはオタク仲間の女子に、女の子大好きを山ほど見てきたわけなので、別に驚くこともないのですが。
 メイドカフェの女性客に話しを聞きますと、彼女たちは可愛い女の子が好きであるけれども、男性が嫌いというわけでもないようです。メイドカフェも良いけれど、東京に行ったら、執事カフェや男装カフェに行くという方もいました。
 日本橋にも男装カフェはなくはないようですが、人気を博しているというウワサはあまり聞きません。執事カフェは、たぶんないんじゃないかな。メイドカフェに執事がいたり、執事の男装をする女性スタッフがいたりというのは、多くないですが存在します。またかつては、男性客お断りの男装カフェもあったように思うのですが、今ではもうむかしの話しですね。ちなみに男装というのは、男子の格好をした女性スタッフのことで、女性客が男装を楽しむという意味ではありません、念のため。
 執事あるいは男装のお店は、基本的には女性客向けのお店です。そして女性客相手は、男性客相手よりも難しいのだそうです。そのことは、そういう商売をやったことのない筆者にも多少は想像がつきます。例えは適切でないかもですが、風俗店の客はほとんどが男性で、女性客は極めて少数派です。男子がその手のサービスを求めるのと同じ感覚で、女性客向けのサービスを提供しようとしても、集客力は見込めないでしょう。女性は、男子ほど単刀直入ではありませんで、美形の男性スタッフを並べれば、女性客がワラワラ集まってくるというようなわけにはゆかないようです。
 女性の場合、執事や男装のお店に求めるものは男性客のそれよりもいささか複雑で、ただ単に美形の男性スタッフを見て目の保養をしたいといったことよりも、自分がもてたい、お姫様に成りきりたい、そんな欲求も強くて、そういう点での満足感、お得感が乏しければ集客はできません。男性客にももちろん同様のニーズはあるのですが、女性客ほどシビアではないでしょう。
 美形の執事がいても、あまりかまってくれない、逆にこっちが気を使うというのであれば、女性客は次回の来店を考えないでしょうし、執事の店でお姫様に成りきるには、若いスタッフよりも、中年や老齢の執事の方が望ましいという方も少なくありません。そんなニーズを充分に満たすのは、たやすくはありません。まして、関西人の、関東人に比べてはるかに損得勘定の高い気質を満たすとなると、並大抵のことではありません。
 計算高く冒険心の少ない関西の商人に、素敵な執事カフェを作ってくれと言っても応じる猛者は存在しないのが実情です。
 ということで、日本橋では執事や男装のお店の運営はひじょうに難しいのであり、その理由のひとつが、関西という土地柄と女性客の特性である、ひらたく申せば執事や男装のお店を所望されるあなた自身に、それを成立させにくくしている原因があるということなのですよ。……女性に叱られる、かな。

メイドの黄昏と外国のメイド事情

  日本のアニメ文化が世界的なブームになって久しくなりますが、もはやこれは単なるブームというよりは世界的な文化になりつつあるようです。日本人が古くから洋画や洋食を当たり前のように嗜んで来たように、日本アニメは世界中の多くの人々にとって今では日常的なものなのでしょう。考えてみれば、人の作る文化というものは、人や情報の流れに乗って世界中に拡がり、さまざまな国や土地でそれぞれの方法で受け入れられ、日常生活に溶け込んで行き、人々の暮らしを豊かにして行くわけです。
 日本のアニメや和食が世界中に受け入れられるから、日本人すごいと自画自賛する人もいますが、まぁそれはそれでけっこうなことですが、それ以前に日本人は他国の文化をどんどん受け入れてまいりました。とくに食文化については、洋食や中華料理をどんどん輸入して日本人にあったアレンジをし、食文化をたいへん豊かにしてまいりました。日本は他国の文化を受け入れ、西洋かぶれなどと自嘲し、外国文化への憧れや畏怖を感じてまいりましたが、アニメや和食が世界に受け入れられるようになって、ずいぶんとプライドみたいなものが育まれたと思います。アジアの東の隅っこにある小国がすごいものだ、なんて自国を評する声も聞いたこともあります。しかしながら、パスタやローマ字やスーパーカーでお馴染みのイタリアだって日本より総面積も小さく人口も日本の半分くらいです。
 とかく日本人は謙虚で内省的で、外国人がウザがるほど謙遜好きな国民性なので、日本文化が世界を席巻するといった事態にはあまり慣れていないのでしょうね。東京や大阪の地名は、パリやロンドンと同様に古くから世界に知れ渡り、サムライや柔道、クロサワ映画も古くから世界中にファンがいたというのに。
 文化とは、かくのごとく世界に拡がり、人々の暮らしを豊かにし、世界を結びつけているものではあります。芸能、芸術、スポーツ、衣食、科学技術といった様々な文化が世界を駆け巡るおかげで、世界は平和を取り戻しているのかもしれません。もしも文化交流というものがなかったら、人間社会はもっと殺伐としたものになっていたでしょうし、競争と争いを妄信する権力者たちによって自滅の一途をたどっていたことでしょう。
 とまぁ、壮大な余談になりましたが、アニメ文化と萌え文化の国際化は、多くの外国人に新たな“可愛いもの”を知らしめましたし、新たな日本大好き人間を育成しました。オタクやマニアに市民権を与えるこの文化は、歴史文化や食文化とちがって、いささか奇妙な人種を育むことになったかもですが……。でも、アニメが熱く語る、愛と正義、夢と希望は、それを知らない下品なおっさんたちが言うような、性犯罪被害の低年齢化の誘発や暴力の増長とは無縁のものです。猟奇殺人やオカルトを扱った虚構もしかり、それを虚構として嗜むことは、むしろ暴力を現実社会に持ち込むことへの抑止力であると、古くから言われてきました。虚構を模倣して犯罪を犯す人間の増加は、想像力や希望の欠如した社会から生まれます。アニメやバイオレンスゲームを犯罪の元凶とののしる権力主義や格差社会の信望こそが、若者を絶望に追い込み犯罪を増加させているのです。人を嫉み、敵対することでしか自分を表現できないマネーゲームの亡者の想像力と創造性の欠如は、人間社会に蔓延した癌です。
 と、またまた壮大な脱線転覆を来してしまいましたが、つまり言いたいのは、混濁した今の世の中で、愛と正義、夢と希望なんて恥ずかしいセリフを真顔で吐くのは、アニメのヒーロー&ヒロインくらいじゃねーの、ってことなのです。
 でだ、その3次元化たるメイドさんが、萌え文化の風に乗って、海外にもメイドカフェなどをオープンするに至ったわけですが、メイドさんは、日本のオタク男女の中を取り持ち、オタク文化を大きく進化させたのみならず、今や平和の使者として世界にはばたきなっさったわけです。
 インターネット上を巡る、海外のライヴなメイドカフェ事情を見てみますと、なかなかすごいですね。フランスやドイツ、アメリカ、カナダはもとより、南米のメキシコやチリ。ロシアにもメイドカフェが拡がっています。経営者もメイドさんも現地の人ですが、店内には日本のアニソンが流れ、“萌え”や“可愛い”や“美味しくなぁれ”といった日本語が普通に使われ、ロシアではエヴァンゲリオンがマトリョーシカになっていたり(欲しい)と、萌え文化がすっかり浸透しています。そしてアジアではさらにすさまじく、台湾、タイ、ベトナム、カンボジア、フィリピン、シンガポール、マレーシア、インドネシア等々、ほとんどの国に、当たり前のようにメイドカフェが存在しています。
 こうした海外のメイド店を訪ねるオタクたちは、一度は本場ジャパンのメイドカフェに行ってみたいと思っていることでしょう。しかしながら、日本の現状はあまり芳しくありません。熱狂的な日本アニメファンの外国人が、日本橋のメイドカフェで、アニメを知らないメイドさんに出会ったら、どう思うでしょう。メイド店にキャバクラ感覚で勤めるギャルメイドに遭遇したら、どのように感じるでしょう。そんなふうに考えると、日本人オタクとして悲しくなります。外国人に、本場の萌え文化も見せることができないメイドなんて、悲しすぎます。
 日本のメイド業界の衰退が、単に不況のせいではなく、文化をなくしたことに起因していることに、オーナーたちが気づくべきです。オタクたちがメイドさんのお店から遠のいたのは、メイド店を訪れる必要性を認められなくなったからでしょう。コーヒー1杯で長時間ねばるキモいオタク客よりも、小金を持ったおっさんのニーズを満たした方が旨みがあると、オーナーたちが判断し、オタクなメイドよりもルックスが良い娘、オヤジ受けの良い娘を採用することに専心し、メイドスタッフからオタク娘を追い出したことが、そもそもオタク客のメイド離れを促した要因でしょう。
 そりゃ、メイド店も商売ですから、儲かる方を選択するのは当然のことですし、それでメイド店がさらに発展するならそれで良いのでしょうけど、果たしてどうだったのでしょう? オタクメイドからメイド嬢への転換で、お店の将来性、業界の将来性は培われたのでしょうか。電気街の風俗街化は上手く行ったのでしょうか。
 日本橋では、メイド店が風営法の営業許可を取得するという新たな方向性が生じてきており、メイド嬢のお店は、未成年者の来店及び就業ができないお店へと移行しつつあるようです。これでオーナーたちのお望みどおり、お店とメイド業界の発展は約束されたのでしょうか。この有り様について、かつてのメイドさんファンたちに尋ねますと、一様に「終わったな」という答えが返ってきます。
 日本橋のメイド店が建ち並ぶ通りは、パソコンショップやマニアのお店が並ぶ電気街です。でんでんタウンと称されるメインストリートとは異なるものの、それと並走するサブストリートです。こんな場所に、風俗嬢目当てのおっさんたちがワラワラ来てくれるのでしょうか? そもそも、商工会や自治体が、電気街の風俗街化を所望するでしょうか。若いオタク男子たちも、オタロードを歩いているとケバい化粧のギャルメイドがしつこく客引きしてくるのに辟易し「最近の日本橋、全然楽しくない、グッズは通販、パソコンはヨド○カメラでいいか」なんてもらしています。こうしてオタクたちが日本橋から遠ざかり、小金持ちのすけべじじぃたちが首尾よく増殖してくれるでしょうか。
 内容が少々下品になってしまいましたが、当の筆者も、最近はメイド店に足を運ぶ気がしません。日本橋は筆者の少年時代から40年近くになる遊び場所で、その動向を見守りたいという点で、今後も日本橋には足を運ぶつもりですが、メイド店はどうでもいいかな、って感じです。ただ、諸外国のメイドさん事情を見るにつけ、これじゃいけないんでねーの、と思ったりするわけですよ。

日本橋にメイドは必要なのか

 メイドさんのお店が風俗店化してゆけば、それはやはり日本橋の電気街には相応しくない事態でしょうし、商工会も自治会も、お上もそれを野放しにしておけないでしょう。AV(オーディオビジュアル)つながりでAV(アダルトビデオ)店は、古くから電気街にたくさん存在しましたが、それはしっかり街に溶け込んでいて違和感もありませんが、メイド店が風俗店化してゆくのは、いささか具合が悪い気がします。メイド嬢という名の風俗嬢が、路上でビラ配りしているというのは、やっぱ電気街としては違和感があります。以前はメイドさんによるフライヤーの配布は、日本橋のオタク街らしい風景でしたが、最近のそれはいかがわしい感じがします。メイドさんに便乗して、女子高校生の格好をした娘が、執拗に客引きしている様子などは、健全には見えません。
 日本橋の電気街がそういうところだと知ったら、多くの父兄諸氏が「そんなところに行ってはいけまへん」と我が子をたしなめるでしょうし、学校も夏休みの過ごし方プリントに、学生が立ち入ってはいけない場所に、電気街を挙げることになるかも知れません。メイドという偽装で、あからさまな風俗店を名乗らない分、少年少女にとってはかえってたちが悪いかも知れません。
 メイドさんの良からぬイメージがどんどん定着して行けば、来年2014年度のストリートフェスタでのメイドパレードは実現するのでしょうか。  以前にも本著で記述しましたが、筆者の面識のあるメイドさんが、最近は厚化粧のギャルメイドの客引きが目立ち、メイド服を着ているだけで同様の非難の目で見られているような気がしてしまうと嘆いていました。メイドさんに対する好印象は失われつつあります。
 メイドさんの風俗嬢化が止められないのだとしたら、オタクたちにメイドさんが不必要なものになりつつあるのだとしたら、メイドは電気街には無用でしょう。あるいは、風俗店ではないにしろ、風営法の営業許可を取得し未成年者の来店及び就業を拒むお店も、電気街で営業する意味はないのではないでしょうか。風俗店のようなサービスはやっていないとしても、オタク文化の一環としてのメイドさんが未成年者を拒むのは、何かがちがう気がします。
 とくに日本橋では、清楚で上品なメイド店を“正統派”と称して支持していた顧客も大勢いました。萌え要素ではなく品位に癒しを求めるのは、日本発祥のオタク文化としてのメイドさんとは、ちがう気もするのですが、そこはメイド店が必ずしもオタク客限定ではないということの応用編ということで、それを批判したり嫌ったりする声は聞いたことがありません。そうした清楚系のお店まで、今後は風営法の営業許可が必要なのでしょうか。
 メイドさんのお店が秋葉原や日本橋に登場して以降、その派生系の様々なコンセプト店が現れ、その中には青少年育成保護に関する条例に違反する有害店も出現しました。店内で出会い系のサービスが行なわれているのを店側が黙認し、援助交際の機会を提供する場になっているとすれば、警察が黙っていないのは当然ですし、実際に摘発されるお店も出てきています。
 オタク文化の一面として海外でも高い評価を受け、メイドさんは日本発の文化として海外に多数のお店を産み出しているというのに、本場日本では、未成年者にとって適切でない、風俗街にこそふさわしいお店になりつつあるという現状は、ひじょうに残念であるというしかありません。……日本は、オタク文化を介して新たな風俗業を世にもたらしただけなのでしょうか。
 アニメの中の2次元世界の“萌え”を3次元化することに、風俗業化の危険性はありました。しかしそれが自明の理として受け入れられ、メイドさんの風俗嬢への転化を仕方のないことだとあきらめるのは、あまりにもバカバカしいことですし、アニメやオタク文化の敗北であり、日本人の恥です。メイド人気にあやかってもともとの風俗店がメイドスタッフを起用するのは納得できます。風俗店は、婦警さんでもナースでもOLでも中華っ娘でもスタッフにしてしまうのです。風俗店ではメイドさんだって風俗嬢になって良いのです。だからといって本物のメイドさん自らが、オタク文化の本分を忘れ、下心ありありのオヤジ目当ての風俗嬢になってどうするんじゃい、と言いたい。それだったら婦警さんもナースもOLも中華っ娘もみんな風俗嬢化しても仕方ないのかよ。実際にそうはなっていないですね。メイドさんと近縁のウェイトレスだってリフレのスタッフだって、風俗嬢化なんてしていないし、お店が警察の摘発を恐れて風営法の営業許可を取るなんて話しも聞いたことがありません。……メイドさんだけが風俗嬢化するのはおかしいのです。
 女の子を売りにするお店だから、そうなるのも仕方がないなんていう理屈は間違っています。秋葉系のメイドさんは、一般ウェイトレスと少しちがって、コーヒー混ぜ混ぜだとか、オムライスにケッチャップお絵描きなんてしちまう、アニメ文化から派生した日本独特のメイドであり、ウェイトレスのメイドコスプレなんかじゃなくて、メイドという職種なんだよ、メイドは独特のシチュエーションを演出することで萌えと癒しを提供するプロで、その源であるアニメの知識やオタク文化のなんたるかを踏襲しているのだよ、そうした資質をきちんと備え、自覚と責任を持ち、世界に名だたるオタク文化の担い手であることに誇りを感じて、メイド業に臨むべきなのです。オーナーにもメイドさん以上の自覚が必要で、メイドさんの採用基準や教育、メイド業界の常識作りとその維持の責任を果たすべきです。メイドさんをお水にしちまったのは、銭勘定だけでプライドを持たないオーナーの責任です。ちょっとけなし過ぎですか? では、オーナーの認識不足、業界のメイドという職種への理解不足とでも言いなおしますか?
 そして、本項の本題である日本橋にメイドは必要なのかという問題ですが、ここまで語ってべつに必要ないとは申せませんね。秋葉系メイドが世に登場して10年をはるかに越え、日本橋でもやがてそれに届くお店が何軒もある実情は、秋葉原や日本橋にメイドさんがいて当たり前という常識を作ってしまいました。かつてはオタク業界と無縁の業界においてもイベント用員として引っ張りダコになり、NHK紅白歌合戦にも登場した日本オリジナルのメイドさんを、世界中にその存在を知らしめたユニークな業種を、なんか間違えたから抹殺します、なんて格好の悪いこと、今さら言えないでしょう。  現在の混迷は、メイドさんの歴史における試練として消化し、メイド業界の明日を目指すべきです。メイドさんの自滅はオタク街や電気街、アニメ業界をも道連れにしちまいます。メイドさんがいかがわしいなら、それを誘致した電気街も歓楽街と変わらないし、その源泉であるアニメは有害文化です。
 業界の混迷を不況のせいにして逃げるのは間違いです。経済は本来、文化に引っ張られて付いてくるものです。経済効果が最終目的なのではなく、文化を発展する手立てとして経済は付いてくるものなのですよ。その当たり前のことに業界の方々が気づき、文化の担い手であることのプライドを喚起し、メイド業界の明日を築いていただきたいものです。
 近い将来、メイドさんが、オタク文化の担い手として、日本の2つの電気街で、女子中高生の憧れの職業であり安心して就業できる業種として復活することを期待したいものです。

2013/08/01


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