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■日本橋女の子事情■

 最近の女の子は、どうして女の子が好きなのでしょう。それともオタク街に集う女子だけの特徴なのでしょうか。女の子なのに、メイドさんのお店通いして、ごひいきのメイドさんに"萌え"て、一緒にチェキとか撮って(メイドさんのお店にはメイドさんの写真を撮ってもらうサービスがあったりしますね)。
 メイドカフェで、メイドさんの絶対領域に萌えて、家に帰れば、美少女フィギュアに囲まれながら、18禁のギャルゲーに萌だえる。それが今どきの女の子なのです。ああ、絶対領域ってのは、ニーソックスとスカートの間に垣間見える生太もものことです、念のため。ならば自分の絶対領域に萌えればよかろうと言えば、なんで自分の足見て萌えるんですか。だって。……よくわかりませ。
 それじゃあ、彼女たちに男は必要ないのか、男なんて論外なのか、と言えばそうでもない。世の男性諸君安心してください。彼女たちだってちゃんと男の子が好きなのです。BLとかショタコンとか。
 純真無垢でちょっと気の弱い男の子がですね、ついに勇気を出して禁断の18禁ゲームコーナーに足を踏み入れたらですね、そこには生の女の子がワラワラいて「きゃーっ、この娘可愛い!」とか「この服エロい!」とか騒いでるわけですよ。純真無垢な男の子は……狼狽しうつむいてきびすを返すしかないわけです。
 最近の女の子はまったく……。ガンバレ、男の子! ……あれ?

メイドさんオタク全開!

 日本橋のメイドさんの多くは、言うに及ばずオタクです。ただ、すべてがそうだと考えるのは誤解であると断っておきましょう。そうでないメイドさんだって少なくありませんからね。
 そして、メイドさんの多くがひじょうに聡明で、他人とのコミュニケーションにおいて高い能力を発揮します。オタクは家に引きこもるのが好きで、他人と接するのが苦手という通説は、じつは物事を短絡的にしか考察できない貧困な知性に基づいた考え方です。流行に流され、テレビや雑誌の受け売りでしか物事を語れない、一般的な世俗にうんざりしているから、多くのオタクたちは孤立しがちになるのです。一般人を自負することが、高等教育とマスコミのウソにだまされて、知らず権力主義に荷担して一人前を自負し、変わり者をさげすんでいるだけにすぎないと知っているから、オタクたちは望んで孤立するのです。……なんて言ったらオタクの肩を持ちすぎですか?
 日本橋では、オタクであることが勲章であったりします。多くのメイドさんがアニオタであること、腐女子であることを誇らしげに宣言します。たとえ相手の客がオタクとは無縁の人であったとしてもね。それだけオタクという人種が市民権を得るようになり、自嘲する必要もなくなったということもあるんですけどね。
 また、オタクなメイドさんの多くが、学業優秀にしてスポーツ堪能、さらに楽器が弾けたりするんですよ。競争社会にあっては順風満帆の人生を送れそうなものですが、それよりも先ずはオタク、そういう人たちなんです、彼女たちは。
 こんなエピソードがありました。ある聡明にしてディープなオタクのメイドさんがですね、学生時代には学級委員も経験し体育会系の部活にも所属していたという、文武両刀才色兼備な彼女がですね、在学中に、ビデオゲームの発売日だからという理由で、部活の対外試合公式戦をためらうことなく欠場したというのです。さらにはそのゲームの第2弾発売日には、すたこら学校を抜けだしちまったというんですね。
 そんなもん、発売日に並ばんでも予約しとけば後でゆっくり引き取りに行けるやんけ、ってもんでしょ? 完全に世の中なめてますよね。でも、完全無欠のオタクとしては、そこは絶対にゆずれないんですよ。あとで生活指導にどやしつけられ、親がショックで寝込むことになろうとも、ゆずれないのです。あとあと後悔したくないのです、絶対に。
 その辺が卓越しているとこなのですよ、じつは。常識の枠組みというものに疑問を抱き続け、独自の方法で真理にたどり着こうとする、それがオタクの真髄なのですよ。本人たちはそんなことほとんど自覚してないかも知れないけれど。
 えらく突飛な話しになったと思われるかもしれませんが、ここには独自の哲学、独自の言葉、独自の文化が存在し、メイドさんたちはお店で接客業務に従事しながら、オタク文化の橋渡しやら交通整理やらを担っているのですよ。
 言ってる意味が解らないって? ま、それはあなたがオタクとしての精進が足りないってことです。それかとも筆者の表現力が貧困なのかな。……とにもかくにも、日本橋に来て、メイドさんとお話ししてみるです。

女の子は女の子が大好き

 女の子は、女の子であるというだけで特別な存在なんだって、あるコミックで読んだことがあります。まことにその通りで、女の子は人類すべての憧れの的なのです。男性が女の子を求めるのは生物学的見地からもあきらかですが、女性にとっても実は女の子というのは特別な存在です。
 若い女性の容姿や声の特性は、すべての人間にとって癒しでありエネルギーです。女性であっても女の子に癒され、女の子を愛おしく思うのです。
 女の子という呼称は、そもそも幼い女子のことを表したものなのですが、ハイティーンの少女や成人してからの若い女性を指しても、こう呼んで差し支えないですよね。まるで女性がいつまでも幼子であることを、人々が希望しているみたいですね。それもそのはず、若い女性の特性はヒトの進化の過程で、成体としての特性を抑えて、幼児期の特性を保持する方向へ変化していった結果生じたものなのですから。男子も幼少の頃は、ツルツルのお肌で、高い声で話しますが、この特性は成長と共に失われ、大人としての特性に置き換わって行きます。でも女性の場合は、幼児期の特性がいつまでも保持され、大人としての特性は抑えられます。女性ももちろん男子と同じように大人になるのですが、多くの面で子供らしさを残すので、男子とはずいぶん趣きが変わってくるのです。ただし女性も中年以降になると、徐々に大人としての特徴が目立つようになります。ようするに女性の場合、大人としての特徴が目立ってくるのが、男性よりも先送りされて、子供的な特徴が保持されるわけです。
 ヒトに近い仲間である類人猿(ゴリラ、チンパンジー、オランウータン)を見ますと、雌雄の差異は人間ほど顕著ではありません。これは彼らのメスがオスと同様に、成熟すると子供の特性を棄てて大人の特性を伸ばしてゆくからですね。

 ということで女の子は、男子のみならず女の子自身にもモテモテで、女の子は女の子が大好きで、女の子が女の子に「めっちゃ萌える」のです。
 最近はメイドさんのお店にも女性客がずいぶん増えましたが、女性客いわゆるお嬢様は、もちろんメイドさんが可愛いから、メイドさんのお店に「お帰り」するのですし、お気に入りのメイドさんがお店に出てると、大喜びなのです。独りであちこちのお店を巡っているディープなメイドマニア?のお嬢様も少なくありません。そして自らもメイドさんになってしまったりとか。
 メイドさんが、メイドさんのお店を巡るのも普通です。他の業界なら敵情視察ってところですが、彼女たちは純粋にメイドさんを愛でて萌えているようですね。
 筆者などが独りでメイドカフェにお帰りするとですね、男は自分だけで、周りはお嬢様とメイドさんばかりという、まるで電車の女性専用車両に乗っちまったぜ、みたいな事態にしばしば遭遇します。それほど女性客が増えたんですね。
 筆者はまた、お嬢様を伴ってカフェにお帰りすることがあります。そうするとですね、メイドさんがワラワラ寄って来て話し込んだりなんて事態になります。独りであるいは男同士でお帰りするよりかなりお得です。で、お嬢様同伴じゃない場合には「今日は、お嬢様一緒じゃないんですか?」なんて聞かれちまいます。あいにく僕独りですというと「残念ですぅ」って本当に残念そうに……。
 おまえら、ええ加減にせえよ、するとなにか? 男なんて要らないってのかい? ……要らないみたいです。

 かつて日本橋というところは、アニオタや鉄っちゃんや、メカマニアが集う、フケツな男臭漂う素敵な街でした。ところが、メイドさんがこの地に降臨されて以来、ここいらもずいぶんカラフルになり、女の子たちが素敵に楽しめるどこぞのテーマパークみたくなっちまいやがりました。ま、いいんですけどね、絵がら的に可愛いし。
 ということで、日本橋に集う女の子たちのとって我々男どもは、邪魔物以外の何物でもないというお話でした。

女の子大好きのメカニズム

 進化の話しをちょっとだけ。ヒトという生き物は、類人猿と同じ祖先から分かれて、独自の進化の遂げたのですが、その過程で元来持っていた体の特徴の多くを失いました。ヒトを称して裸のサルなどと表現されることがありますが、まことにその通りで、祖先にそなわっていた毛皮も牙も棄てて、子供のような無防備な体に変化して行ったのです。
 生物の進化は、ふつうはより強い方向へ進むものですが、祖先のおとなの特徴をどんどん棄てて、未発達な子供の状態のまま成熟するという珍しい進化が時々起こります。このことを幼形成熟といいますが、とくにヒトの女性ではこの幼形成熟が極めて顕著です。あらゆる動物の中でもヒトは、雌雄の特徴の差異がひじょうに大きいのですが、その差異を決定づけているのが幼形成熟の程度の差です。
 幼形成熟によって進化したという点で、ヒトは他の哺乳動物とはまったく異質な存在となりましたが、その幼形成熟の頂点が、いわゆる女の子という形質です。
 だから女の子というものは、人間にとって存在自体が特別なのです。それはヒトが進化の過程で目指した究極の形なのですから。
 男子が女の子に強い憧れを抱くのは、異性としての本能に加え、男子が欲しても持ち得ない究極の進化的特性への憧憬でもある、筆者はそのように考えています。ヒトの男子の、女性への欲求は、一般の動物のように繁殖期にだけ発動される機械的な性衝動などではなく、もっと激しく根深くそして恒常的です。そしてその欲求はしばしば、種々のコンプレックスや倒錯した愛情表現、フェティシズムとなって現れます。これが悪質になると暴力的行為に発展することも少なくありません。
 これに対して女子は異性に対する性衝動が男子ほど強くないのが普通で、基本的には男子への性的渇望は小さなものです。
 女の子も男子と同じように異性を求めていると信じているところに、男の子の悲劇があります。そこのところを理解せずに、女の子の気を引こうとして、男らしさをPRしたり、自分を大きく見せようとしても、テレビドラマのようには上手くゆきません。多くのケースで、女の子たちに「あいつキモい」と言わせてしまう結果になってしまいます。
 多くの場合、女の子は男子に対していちいちときめいたりしません。彼女の中でスイッチが入らなければ、目の前の男子のことなど何とも思っていないのです。女の子が見せる、はにかんだような笑顔を勘違いして、自分に気があるなどと誤解してはいけません。
 そして女の子は、ヒトとして女の子が大好きです。女の子という特性は、男女共通の羨望の的というわけです。女の子は、自分自身が女の子なので、男子ほどのときめきはないものの、女の子と一緒にいると甘美で幸せな気分になります。可愛いし、肌触りがいいし、キュートなしぐさにドキッとすることもあります。女の子同士なのにね。
 そんなわけで、女の子が異性を求める場合は、男子の異性への欲求とかなり事情が異なります。異性の肉体への興味や性的欲求よりも、愛されたい慈しまれたい包み込んでもらいたいという、包容力への期待が大きいと言えるでしょう。安定した暮らしと生まれてくる子供に不自由をさせたくないという、生活本能も深く関わってきます。
 男子たるものは、こうした異性への興味の男女差について知り、女性を理解して受け止めることを覚えなければ、いつまで経っても女の子に相手にされません。オトナの週刊誌などには、女性も男性と同じように性的欲求が強くて、女性も肉体的に男性を求めているかのように書かれています。女性を性的に喜ばせるにはどうしたらよいかとか、女性が惹かれる男性の性的魅力はどういったものかとか、そうした記述ばかりが目立ちます。これはこれで間違っているわけではないのですが、このまま額面通りに受け取って、女の子の気を引こうとしてもなかなか思うようにはゆかないものです。この図式ばかりにこだわっていると、やはり「キモい!」と敬遠されてしまいます。
 女の子が男性に対してときめかないなどと書くと、大きな誤解を生みそうですが、これは言わば男子に対する警告です。すなわち、女の子を自分と一緒みたく考えるなよってことです。男子の女の子好きと同じテンションで、女の子に対して男が欲しかろうなんていう態度は、女の子にとってセクハラ以外のなにものでもないのです。

腐女子とBLと絶対領域

 日本橋に集う、あるいは巣くう女の子たちの多くはオタクであり腐女子です。彼女たちはオタクであることを誇りとし、腐女子であることを堂々と宣言します、難儀なことに。そしてオタクと腐女子とは実は別物だったりします、困ったことに。

 説明せねばなるまい! まず、オタクですが、今ではあまりにも多用が進み、電車オタクとか、ミリタリーオタクとか、マニア等と同義語のような使われ方がされていますが、本来はアニメや漫画、テレビゲームなどを嗜好し、趣味をに没頭するために家にこもることが大好きな状況またはその人のことを言います、たぶん。
 筆者や日本橋を闊歩する女子の多くが、このオタクなわけですが、いろんなオタクが増えてしまったせいで、あえてアニメや漫画のオタクすなわちアニオタ(アニメオタク)であると自称せねばならなくなりました。つまりアニオタが元祖オタクであり、電車オタクやその他のオタクは、派生型でしかないのです。
 雑誌やネット上の解説などをみますと、年相応でない趣味を持ち内弁慶で人とのコミュニケーションが苦手なのがオタクだと、ずいぶん失礼なことが書かれてあり、まぁおおむねそのとおりなのですが、コミュニケーションの不備に関しては、世間がオタクを敬遠することからそうならざるを得ない部分がありまして、世界的なアニメブームと共にオタクが市民権を得るようになってからは、けっこう社交的なオタクも増えた気がします。
 日本橋むすめたちがアニオタであることを誇りに思っているのも本当で、彼女たちは全然根暗じゃないし、明朗快活でいささかあきれるほど社交的です。でなきゃメイドとかできないし。そして彼女たちの誇りにはちゃんと根拠があります。アニメは日本が誇る最も成功した文化のひとつであり、アニメに用いられる動画や音響の技術は最高水準のテクノロジーです。使われる音楽もポップスからフルオーケストラの交響楽まで、これまた極めて高レベルです。アニメ製作に要する費用と人材は、一般的なドラマ作りなど問題になりません。人類の技術と芸術の粋を集めたものがアニメなのです。そして漫画いわゆるコミックは、アニメ作品の原作であり、かつまた世界中に翻訳され人気ドラマの原作になっています。いかがです? 誇らしいでしょ。

 で、腐女子とはそのアニオタの女性であると誤解されることが多く、世間一般的にもその解釈が増えつつあるように思いますが、実際にはまったく別物です。ただ、腐女子のほとんどがアニオタで、アニオタでない腐女子を筆者は見たことがありません。
 腐女子とは、若い男子の同性愛を描いたコミックやアニメが好きな女子のことで、同義語に貴腐人、汚超腐人などがあります。少し年配になった腐女子をこのように呼ぶという説もありますが、日本橋界隈では腐女子以外はあまり耳にしない言葉です。
 腐女子が嗜好する作品のことを、古くは"やおい"と言いました。山なし落ちなし意味なしの略語なのですが、なぜだかホモ作品をこう呼んだのです。筆者がまだ若くて同人誌活動とかやっていた頃はそうでした。しかし今では"やおい"の名称はほとんど使われず"BL"が主流です。これはボーイズ・ラブの略語で、"やおい"よりはずっと解りやすいですね。
 ちなみにBL好き男のことを腐男子とか腐兄とか言うらしいですが、腐女子とちがって少数派ですね。腐男子や腐兄はあくまでもホモ好きであって、レズ好きではないですよ、念のため。
 もひとつちなみに、女の子同士の恋愛作品は、GLすなわちガールズ・ラブとか、百合(ゆり)とか言います。GL嗜好については腐女子のような自嘲的な呼称はないようです。男女を問わず女の子好き、女の子萌えは、人として当たり前のことだからでしょう、きっと。
 少女同士のほのかな恋心を描いたGLものは日本でも古くから、少女小説として執筆されて来ましたし、文豪による純文学にもなっています。GLおそるべしですね。

 ということで、だらだら書き過ぎて絶対領域について書く余裕がなくなったので、次項に続くということにしますよ。

女の子の三種の神器

 アニオタで腐女子な女の子は、日本橋では大勢を占める人種です。アニメが大好きでBLを愛する彼女たちですが、BLといっても実は架空の世界での話しなんですね。生きた人間の男同士が愛し合う、いわゆるナマBLもOKという女性はそれほど多くはありません。
 男らしいというより、美しい男子たちによる同性愛劇は、若い女の子たちの究極の理想形であり、現実の男子とはいささか掛け離れた存在です。要するに彼女たちのイケナイ妄想の世界であり、虚構であるがゆえの美しい愛の形が存在するわけです。
 BLコミックにBL小説に、女の子たちは実によく本を読みます。それとブログやらメールやら、たくさんの文章を書きます。漢字や単語をたくさん知ってます。立派だ。そんな彼女たちが、コミックや小説と共に親しんでいる作品が、二次創作といわれるもので、これは既存の作品に登場する知名度の高いキャラクターを使って、お話しを自作するというもので、脳内物語である内は二次創作とは定義されませんが、印刷して本にして頒布する、いわゆる同人誌等になると二次創作になります。
 二次創作同人誌の歴史はひじょうに古く、昭和の時代から大ブレークしていて、今でも大きな市場になっています。素人の個人やグループ向けに安価なオフセット印刷を提供する店や会社もたくさんできましたし、印刷した同人誌を流通させる書店や催し(即売会)もどんどん増えています。
 筆者は同人誌活動をしていたものの二次創作にはほとんど手を染めていませんが、素人が考えたオリジナル創作など問題にならないほど二次創作は売れます。
 二次創作は、無断で他人様の著作物を拝借するので、本来著作権を擁護する法律で取り締まられそうなものですが、この数十年間野放しにされて来ました。でも、同人活動はあくまで営利目的ではなく、本を売って得た資金は印刷代の補填と次の出版の軍資金になるわけで、言わば文化育成費なわけですよ。なので、プロの作家諸氏にあっては寛大な心で今後も野放しにしてもらいたいものです。ご自身のキャラが同人活動に支持されるなんて名誉なことじゃないですか。使われることはそのまま人気のバロメータですし、大きな宣伝効果でもあります。二次創作との出会いが、そのまま原作との出会いにもなるわけです。
 二次創作と並んで、生モノという使われキャラがあります。いわゆる実在の著名人を同人作品に登場させるというもの。こちらは著作権ではなく肖像権の侵害が問題になりますね。でも、使われるってことは人気があるってことです。肖像のイメージを大きく汚壊するような描写がない限り、大きな心と人間性でドドーンと許容して下さい。ただ、BL分野では二次創作が主流で、生モノはあまり出回っていない気がします。ナマBLはノーサンキューという女子がほとんどだからでしょう、たぶん。

 「わたし的には、○スケ攻めで、ナ○ト受けやねん」なんてフレーズが、腐女子の口から発っせられるのを、日本橋にいるとよく耳にします……よね。これがいわゆるBLトークというやつで、"攻め"や"受け"とは恋愛関係におけるそれぞれの立ち位置のことです。これだけ言って解らない人は、日本橋に来てメイドさんあたりに質問してみて下さい。きっと目を輝かせて親切丁寧に教えてもらえます。

 そしてそして、そんなアニメでBLな日本橋むすめたちの、もう1つの大切なアイテムが、絶対領域だったりします。ミニスカート……はしっていますよね、スカート丈がひざ上しかない短いスカートです。では、ニーソーは分かります? これはニーソックスの略で、ひざ上まであるスーパーロングなソックスです。ガーターベルトで吊るストッキングやタイツと微妙な位置づけですが、ニーソックスでひじょうに重要なのが、ミニスカートとの相性です。スカートのすそとひざ上ソックスとの間隙に覗く素足の部分、これがニーソックスの決め手となります。タイツやストッキングではあまり意識されない概念ですね。そしてこの素肌の部分が絶対領域です。スカートの丈はこの素肌の部分を隠す長さであってはダメで、ニーソックスもひざ上を越えるも素肌の部分を覆ってはいけません。スカートとソックスの間にある不可侵部分がすなわち絶対領域であり、"萌え"の対象になる聖域なのです。
 男子諸氏のみならず、女の子たちも、絶対領域に萌えるのです。ニーソー娘が集まってお互いの絶対領域に萌え合いっこするのです。女の子はやはり女の子が大好きなのですよ。

 アニメやコミックやゲームに没頭し、BL小説に悶絶し、女の子自身が大好き、それが今どきの女の子なのです。いかがです? 攻略できそうですか? アニオタ、BL、絶対領域すなわち「女の子の三種の神器」を理解すれば、女子攻略も不可能ではありません。頑張ってくださいね。
 で、この3つが三種の神器だって誰が決めたのかと言うとですね、それは今ここで筆者が決めたのです、はい。

美少女フィギュアと女の子

  美少女フィギュアという素晴らしいアイテムをご存知だろうか。アニメの女性キャラを、立体造形した、いわゆる模型人形のことです。
 かつてはガレージキットという組み立てタイプのものが主流で、自分で組み立てて自分で色を塗らねばなりませんでした。美しく彩色して仕上げるには、かなり高等な技術と様々な道具が必要で、決してお手軽に楽しめるものではありませんでした。
 しかしながら、近年は彩色済みの完成品のフィギュアが安価でしかも素晴らしいクォリティで量産されるようになり、可愛いミニチュアの女の子を手元に置くことがすごく容易になりました。
 日本橋には、これら美少女フィギュアをゴチャマンと並べたショップが林立していて、それらのショップを見歩く、フィギュア巡りというのもじつに楽しいものです。
 世界的な日本アニメブームのおかげで、オタクたちは社会でかなり大きな顔をしていられるようになり、オタク人口も増え、さまざまなオタクアイテムが多くのお店に並ぶようになりました。フィギュアのようなアイテムは、これまで数少ない専門店に行かないと手に入らなかったものですが、今では大手の玩具店等に専門フロアができている有様です。
 それでも、美少女フィギュアについて熱く語れる仲間を見つけるのは、それほど容易ではありません。筆者の場合も、そういう仲間はまだ数えるほどしかいません。そしてその過半数が女子だったりします。

 ガレージキットが主流だった頃には、フィギュア仲間はすべて男子で、女性には理解できない趣味であると誰もが認識していたように思います。
 ところが、現在はフィギュアやドール(着せ替え人形タイプのもの)について情報交換したり一緒にフィギュア巡りをする仲間の多くが女子なのです。
 また、買ったフィギュアを持ってメイドさんのお店にお帰りしたりすると、玩具店の袋やそこから除くパッケージの一部を目ざとく見つけたメイドさんが、「○○ちゃんのフィギュアですね! 私も予約したんですよ。可愛いですよね」なんて声をかけて来ます。
 フィギュア仲間の女子と一緒にフィギュアやドールを見に行くと、「この娘の脚は細すぎてエロくない、作者(造形作家)は解ってない」とか「このスカートのなびき方がいい!」「このストッキングの彩色は絶妙だ」などと、女子による造形評論が始まります。雑誌の誌面を数ページ埋めるくらいの批評があっという間にあふれ出します。一緒になって意見交換している内に、相手が女性であることを忘れて美少女談議を展開し、一緒になって萌え萌えしています。……なま少女と美少女フィギュア談議をする日が来るなんて、数年前には思いも及ばなかったことです。
 最近のオタク娘たちを見ていると、この娘は本当に女性なのだろうか、脱ぐと中から男が出てくるんじゃないだろうか、なんて思ってしまいます。
 でもまぁ、考えてみれば、お人形遊びはもともと女の子たちの得意技なわけで、その延長線上にフィギュアがあると思えば、それほど特別な嗜好ではないのかも知れませんね。
 かくしてオタク男子は、その変態ぶりをはばかる必要もなく、女子友だちがいっぱいできるという、なんとも幸せいっぱいなことになったわけです。いい時代になったものですね。

コスプレと女の子

 オタク女子の間で、フィギュア以上に支持されているのがコスプレです。コスプレってご存知ですよね? コスチュームプレイを省略した言葉で、コスチューム(衣装)やアイテムを駆使して別人に変身する、いわゆる"成り切りごっこ"のことですね。ナースや婦警さんに成り切るのとはべつに、オタク界ではアニメのキャラクターに成り切ることがコスプレであり、成り切る人のことをレイヤーと呼びます。
 レイヤーとは、コスチュームプレイヤーの略語で、日本橋の女子の間ではたいへん尊ばれ「もしかして、レイヤーさんですか?」なんて羨望の眼差しを向けられます。まるでそれが名誉ある職業みたいな扱いです。
 レイヤー人口はひじょうに高く、月に何度もいろんなところでコスプレイベントが開催されます。どこの会場も大にぎわいで、アニメキャラのキラキラ衣装をまとった女子であふれ返ります。少数派ではありますが男子のレイヤーも見受けられます。筆者はコスプレはしませんが、レイヤー女子に依頼されてカメコをしにイベントに参加しますよ。カメコとはカメラ小僧の略語です。ただ、成り切りごっこを楽しむだけでなく、撮影会が常識化しており、筆者のように特定のレイヤーの専属カメコ以外に、コスプレ写真を蒐集しているカメラ小僧がたくさん来ています。交換レンズやフィルター、レフ板といった彼らのごたいそうな装備にはア然とします。

 ときに、メイドカフェの発祥はコスプレイベントであったと聞いたことがあります。今ではメイドを置く喫茶店がメイドカフェでありますが、発端はメイドさん成り切りカフェだったわけです。
 えっ? 今もそうじゃないのかって? とんでもない、メイドカフェのメイドさんは本物のメイドさんですよ。
 でもまぁ、メイドさんの多くが可愛いメイドの衣装を着てみたいというノリでメイドになるので、彼女たちにはレイヤーの素養がみなぎっているわけで、事実メイドさんにはレイヤーがたくさんいます。あるいは職場仲間の影響でコスプレデビューするメイドさんも少なくありません。それにお店自体がメイドさんによるコスプレイベントを頻繁に開催するわけで、メイドさんがコスプレと無縁でいることはむしろ難しいわけです。
 日本橋ではまだまだ少数ですが、アニメのコスプレをした女の子がオタク街を闊歩するのも、その内あたりまえの光景になるかも知れませんね。

ロリータと女の子

 ゴスロリという言葉をご存知でしょうか。ゴシックロリータを省略したもので、中世ヨーロッパのゴシック文化を取り入れたロリータファッションのことです。ロリータとは、同名小説に端を発する言葉で、歳の離れた幼い女性を好む性的嗜好のことを言います。ロリコンすなわちロリータコンプレックスとは、歳相応でない少女や幼女に惹かれる倒錯的な性衝動のことですが、最近は性倒錯を表す用語が一般的に常用されることが多くなりましたね。SとかMとか、フェチ、放置プレイなどなど。
 ロリータファッションとは、ロリコンと語源は同じですが性的な意味合いはなく、少女性あるいは幼女性を追究したファッションのことで、やはり中世ヨーロッパの、貴婦人のフリフリドレスを源流にしています。フリルやリボンを多用した豪華な衣装で、アンティークな西洋人形(ビスクドールやフランス人形)も身にまとっていますね。
 ゴシックロリータは、そんなロリータファッションの一種であるわけですが、以前はロリータといえばゴスロリといった感があったように思います。すなわちゴスロリがロリータファッションの走りであったのではないかと。
 ゴスロリは、宗教色が強く、どちらかというと暗い色調を用い、ロザリオ(十字架のアクセサリー)やチェーンといったアイテムがよく用いられます。ドクロや凶器がデザインされることも。退廃的な色合いが濃く、宿命、背徳、罪、堕天使といったイメージが背景にあります。ロックミュージックのビジュアル系バンドと通ずるものがありますね。
 かつてのゴスロリファッションは、幼いとか可愛いといったニュアンスよりも、ちょっと人を食ったような、あるいは病的な、反社会的な美学を追究していたように思いますが、最近はかなり柔和なものが多くなり、かつ普段着に近い感じのもの、普段着にロリータファッションを取り入れたものなどが目立ちます。
 花柄プリントのワンピースやフリフリのティアードスカートなどは、普段着として普通に着れるロリータアイテムですね。
 ディープなロリータファッションとしてゴスロリと双璧を成すのは、白やピンクの色づかいとフリルをたっぷりあしらったドレッシーでゴージャスなファッションすなわち甘ロリ(あまろり)でしょう。まるで西洋のアンティークドールが生きて歩いているみたいなファッションを街中で着こなすにはかなりの勇気が要ると思いますよ。ちなみに甘ロリの中でもピンクを基調にしたものをとくにピンロリと呼ぶことがあります。
 あと、和ゴスというジャンルもけっこう人気です。ゴスロリに和装をアレンジした独特のスタイルで、姫カットといわれる黒髪で前髪パッツンのロングヘアのウィグを合わせたりします。

 これらロリータファッションは、中世ヨーロッパに源流を求めながら日本で開発されたファッションです。ビクトリア朝時代のメイドさんを可愛くアレンジしたメイド文化と同じですね。
 そして思うにメイドさんもまたロリータファッションの範疇に入るのではないでしょうか。フリルのついたエプロンドレスにリボン、ヘッドドレス、これら可愛すぎるアイテムはどれをとってもロリータファッションの要素を満たしています。
 事実、日本橋のメイドさんの多くがロリータファッションの愛好家だったりし、メイドさんのお店でもロリータイベントやゴスロリイベントがよく見受けられます。普段からロリータ系の衣装を愛用し、ロリータ服で通勤するメイドさんもいます。前述のようにメイド服もロリータ要素を充分に満たした服装なので、ロリータをまったく受け付けられないようでは、メイドはやれないんじゃないかと思いますよ。

 古くはオタク女子といえば、あまり身をかまわず、コミック購入と同人誌作りにお金を注ぎ込んでいた、地味な女性というイメージがありましたが、今のオタク女子はたいへんファッショナブルです。ロリータファッションの平易化と普及は、彼女たちのファッションセンスを向上させるのに大きく貢献しました。
 もちろんロリータだけがオタク女子の嗜好を満たしているわけではなく、もっとシブいファッションが好きな娘もたくさんいますし、ロリータ好きがいつもロリロリしているわけでもありません。しかし、ロリータの要素を取り入れた服装やアクセサリーやバッグは確実に増えていますし、見る側も、かなり大胆なフリフリのスカートや可愛いブラウスを見かけても、それほど奇異な感じを受けなくなりました。
 いいことだと思いますよ。筆者はロリータ大賛成です。そのうち街中が晴れやかな色づかいのロリータファッションであふれかえれば(すくなくとも日本橋がそうなれば)、それはたいへん素晴らしいことだと思います。そうなると不況も社会の腐敗も吹き飛びますって。世の中の仕組みってそういうものですよ。世の中を動かしているのは、政治家先生じゃなくて市民の心がけなのですから。

負けるな男の子

 今の世の中は女性の優位性が目立ちますよね。本著を読んでくださっている読者諸氏もそのことを感じておられるのではないでしょうか。可愛くてファッショナブルで、創作活動にアイドル活動にメイド業にバリバリ頑張っている彼女たちを見ていると、男子がどんどん影のうすい存在に見えてきます。おまけに女の子が、男を無視して女の子大好きとなれば、男子は立つ瀬がないですよね。
 男子は、女の子の引き立て役ですか? メイドさんのお店にお金を注ぎ込んで、セクハラにならないように気を使って。アングラアイドルの応援にまたお金を使って。女の子たちは夢と希望に向かっていろんな経験を積み、生き生きと輝いているのに、男子はご主人様という名のお世話係。それも給料をもらうどころかお金を払ってお世話させていただくわけ。
 筆者自身が男なので、男の子なんて少しも可愛くないし、冷や飯食ってるのもざまぁ見ろってなもんですが、こうまで女性優位が際立つと、ここらで少しは男の子も応援しておこうかって気になってしまいます。

 自分でいうのもアレですが、本著はいささか女の子の美点ばかりをクローズアップし過ぎています。実際には、男が思っているほど女の子家業はバラ色ってわけでもないみたいですよ。
 オタク女子のすべてがメイドさんになれるわけでもないし、アイドルや声優を目指せるわけでもない。美少女フィギュアを部屋に飾って、ギャルゲーやってて家族が心配しないわけでもない。ロリータファッションに家族の理解を得られるわけでもない。
 親というものは、我が子を心配するがゆえに、我が子には普通でいて欲しいと願い、我が子の趣味や将来の夢には理解がない、それをつぶそうとさえする。そんなもんです、親なんて。どう? 男の子と同じでしょ? オタク男子だってフィギュアもギャルゲーもどうやって家族の目から隠そうかと日夜悩むわけですし、メイドさんのお店にもこしょ〜り通う。憧れの独り暮らしも経済的に無理。女子も男子も多くの場合、なにも変わるところはないのです。

 だから、ほんと頑張ってもらいたいと思うんですよ、男子諸君にも。オタク文化だって女子だけでは成り立たないし、メイドさんのお店もお嬢様だけでは成り立たない、ご主人様あってのメイドさんじゃないですか。
 ご主人様ってのは、お屋敷の主(あるじ)なわけです。メイドさんに良いご主人様と思われ、末永くご奉仕したいと思ってもらうためには、紳士的で、気配り上手で、優しくおおらかでなければなりません。
 メイドさんに萌え萌えデレデレしたい気持ちは解りますし、そうしたいからメイドさんのお店に行くわけですが、それはそれとして、欲望丸だしのにやけ顔でメイドさんを凝視してはかりいては単なるキモい客で、ちっともご主人様じゃありません。お給仕に来てくれたメイドさんをいつまでも独占しようとするのもダメです、メイドさん及び他の客人への気配りが足りません。自分の得意分野の話しを延々と語っても、メイドさんは感心してくれません、空気読めよと思うだけです。
 自分は客だから身勝手をしても構わない、横柄な態度をとって当然だ。客の話しが退屈だ、なんて思うメイドはメイド失格だ。お得感がなければお金を払うのがバカらしい……。
 客の立場にあぐらをかくのは、カッコイイことではありません。客であるという優位な立場にあってなお謙虚で、親切で、周りへの配慮をおこたらない、それがメイドさんに慕われるご主人様というものです。

 さてさてご主人様道についての能書きは、これくらいにしてですね、オタク男子たちにもっと言いたいことは、夢に向かって頑張ってほしい!ってことです。立派なオタクたるもの、小説のひとつも書け、同人誌の1冊も出せ、と言いたい。
 出版に依らずとも、今の時代はパソコンやらインターネットやら、素晴らしい創作環境が普通に存在するわけです。ホームページ作成ノウハウを持ち合わせていなくても、ブログを利用すれば自分のサイトを持つことなんて、とっても容易じゃないですか。自分の持てる力を大いに発揮しそれを世界へ向けて発信するためのツールが目の前にあるわけですよ。作曲とかフラッシュムービーとか、独力で公開することができるんです。
 同じオタクやるなら、既製の作品を見てるだけじゃなくて、自分の手で作った作品を残してみようじゃないですか。オリジナル創作がなかなか出てこないというのなら二次創作でもいい、それも無理だというなら、アニメやコミックの評論をブログ等で発表するのもいい。評論だって立派な作品ですよ。
 そしてもちろんプロの声優やアニメーターを目指すのもいい。多くの業界で男の子たちは頑張っていますよ。オタク業界に限らず、芸能界でもスポーツ業界でも、男子大活躍です。歌手やお笑い芸人なんてむしろ男子の方が人気を博しているんじゃないですか?

 華やかな業種ばかりでなく、あらゆる業界、あらゆる職種に夢や希望はあります。地味に見える仕事でも、やり方次第で社会の表舞台に立つことができます。職種の見映えなんて世論とマスコミが勝手に決めたものですから。
 夢に向かって精進と鍛練ですよ。自分を磨き鍛えることで、優しさと協調性、愛と正義を身につけるです。大好きなアニメでも、こゆこと言ってるでしょ? ご自身のことをしっかりと見つめ、持てる可能性としっかり向かい合ってください。そうすれば、あなたはきっとメイドさんたちから慕われる素晴らしいご主人様になっちまうはずです。そして日本橋と人類の未来を、しっかり背負ってください。

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